悲劇的な、宿命的な、人間的な

紫鳥コウ

 おれは騙されてやったのだ!


 天上の神々に誓ってもいい。誤りというのなら裁きを受けてもいい。もしおれが自らの意志で騙されてやったのではないとしたら、一体なぜ、大勢の聴衆の前で裸になるなどという馬鹿げたことをするというのだ?


 民々たみどもが言い合わせるように、自分の過ちを、過ちでないようにねじ曲げてしまうおれの虚栄心のせいで、騙されたのに引き返せなくなったのだという推察も、もっともらしかろう。


 しかし、「バカには見えない服」とやらを見せられたときに、――彼奴あやつらが摘まんでみせたその服が、丈を考えるに地面を引きずっているのを目にしたときに、なぜおれが憤慨しなかったというのだ?


 彼奴らが、おれを騙そうとして、バカにしようとして、復讐でもしようとして、あんな真似をしたのだということは、おれには分かりきっている。


 そもそも、おれの本性というものを、なぜ民々が知っているというのだ? 


 虚栄心に満ちていて、驕り高ぶりが強く、名誉を傷つけられることが不愉快でならないなどという作り話がこしらえられているということは、――それは、おれの策略の成功を意味していよう。優れた王とは、真の姿を、真の才能を、真の感情を、他の者に見せぬようにふるまうものだ。


 ではなぜ、あえて滑稽な姿を見せたのかといえば、あの一事が誰にも玉座を明け渡さぬための一策だからである。


 民々たみどもの上に君臨し、彼らをまとめあげて、この国を繁栄させていこうという気概を露顕させることが、どれほどに危険なことか。古来、臣下の裏切りや民々の革命を被った王というのは、強権的な支配の副作用によってたおれたのだ。


 だからおれは、わざとあんな荒唐無稽なふるまいをして、見るも恥ずかしい姿を衆目にさらすことで、首を取るに値しない、自分たちの生活が貧窮しないかぎり捨て置いてもかまわない王であるということをアピールしたのだ。


 この国の市場が静寂に染めあげられたことがないのを思いだすがよい! 金貨を出さねば三食に困るという者がどこにいるというのか! 反旗の火の粉が上がったことは一度もないではないか!


 おれが、あのような道化の裏で天稟てんぴんの知恵をふるい、この国の安寧を保っていることの、なによりの証拠ではないか!


 雲一つ見えないこの晴れやかな夜に、悠然と腰をすえるあの満月のようなおれを、脅かそうとする者などひとりもいない。


 あのような真似をされたにもかかわらず、おれが、瞬く間に逆上して、さやから一度も血を見たことのない剣を抜かなかったのは、なぜだ? おれが馬鹿だからか?


 違う! この滑稽な一事を、あえて利用しようと即座に思いついたからだ!


 考えてもみよ!――「バカには見えない服」なんてものを信じるようなやつが、どうしてこの国を治めることができるというのか。


 おれは、あの日の自分の計略の真相をどこまでも説明することができる。一体だれが、この精緻な計略を疑うことができようか。


 そう、おれは騙されてやったのだ!

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