ほんの少しだけ背筋がひんやりする思い出

ジャスミン コン

第1話 倉庫前に

 「姉ちゃんさ、あの家を引っ越してから教えてくれたんだよ。なんで黙ってたのか聞いたら、私たちが怖がるだろうからって」。

 つい先日、妹にそう言われて思い出した。

 

 小学校3、4年生だった、ある日の放課後。家に友達が遊びに来た。

 家は古ぼけた狭いコンクリート建ての平屋で、おそらく外人住宅だった。

 米軍関係者のために沖縄各地に建てられたのが外人住宅。1950年代に作られ始めたらしいので、その時点でも築40年近かったはずだ。

 裏にはさらにボロい倉庫があり、木でできた建付けの悪い横開きの扉があった。

 どうせ倉庫だからと照明は無く、日当たりが悪い上に真横に水路があったのでじめじめしていた。

 その前に住んでいた新築4階建ては、事業に失敗した父が売却して、私たちは絵にかいたように落ちぶれた。

 豪華だったかつての家に溢れた物が入りきらず、湿った倉庫に押し込まれていた。


 そんな平屋の周りで遊んでいたら、友達がおもむろに倉庫の前を指さして

 「女の人の幽霊がいる。白い服を着てる」

と言った。しかも

 「3人、いる。子どももいる」。


 とっさに私は

「きゃー」とかなんとか言って、半分おふざけムードで走って離れた気がする。

 しかし、どうやら冗談ではない。友達は真顔で、よくあることなのか冷静なのが余計に恐怖をかきたてた。

 思い出すまいとしても、その夜は布団に入ると見えなかった幽霊を想像してしまう。隣の布団では妹と弟が寝息を立てていた。


 霊感のある友達とはさほど仲良くはなかった。

 妙に押しの強い子で、遊びに来たがったのを断れなかった。

 何度か、友達の家に連れていかれたこともあった。

 暗い表情のお母さんが出てきて、「イエス様を信じなさい」と言われる。

 イエス様うんぬんより、そのおばさんが纏う雰囲気が苦手で行きたくなかった。


 元々、さして仲良くなかった友達とは疎遠になった。別に遊びたかったわけじゃないのに、子どもながらにつくづく、友達の言動を忌々しいと思った。

 あの子は来なくなっても、倉庫を見る度に思い出してしまう。妹たちに言わなかったのは、怖がらせたくないと言うより、私が怖くて話せなかったせいだろう。


 倉庫には本棚もあったので、本好きだった私は行かざるを得ない。

 素知らぬ顔をして、内心はどきどきしながら倉庫に入った。

 目の前にある物以外は何も見えなかったし、相変わらず倉庫は湿り気があり、ほんのりかびくさいだけ。私はホッとして本を選んだ。

 結局、平屋には2年ほどしか住まなかった。

 小学校を転校し、あの子に会うこともなければ平屋に戻ることもなかった。


 ところが、である。

 今でもこの話を思い出すと、倉庫前にゆらりと佇む白い服を着た女の子が脳内にはっきり浮かぶのだ。

 果たして昔の私が想像力を駆使して夢で見たからなのか、あるいは私も見てしまったのか。

 謎のまま、今こうして書いている。


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