いいわけ
桁くとん
前編
「まさか、こんなことになるなんて、思ってなかったんです!」
「ちょっとした出来心だったんです」
その青年たちは、そういいわけをした。
「どういうつもりだったのかね?」
穏やかな声で青年たちに訊ねる。
まあ、どうせ答えは決まっているが。
「YouTubeでバズると思ったんです……本当に軽い出来心なんです……」
「バズれば友達に自慢できると思って……」
「まあ、そうだろうね。で、どう責任取ってくれるつもりなのかな?」
「せ、責任って、まだ、学生ですから……」
「出来心だったんだから、そんなに怒らなくたって」
青年の1人は不服そうだ。
謝ったら許さねばならない、許さないのは心が狭い、心が狭い者は悪、おそらくそう思っているのだろう。
いつからか、そんな一方的な三段論法で自己弁護する者が増えた。
迷惑をかけた相手に寛容を強要するなど相当に傲慢なのだが、彼等の間ではそれが常識になっているのだろう。自身の傲慢さにはまったく気づいていない。
「謝るっていうのは、相手に許しを請うことだが、それは相手に裁量権がある。謝ったから許せというのは謝る相手よりも自分の立場の方が上で、相手が自分に大したことはできないって思っている、そう取られても仕方ないとは、思わないかね?」
「いえ、決してそんな……」
「ああ、そうだよ! どうせ大したことできねーんだろ! 別に企業に迷惑かけた訳じゃねーし、訴え起こす、損害賠償請求するとかったって、たかだか道祖神の石碑の藁の顔を燃やしただけで火事にもなってねーんだから、大した額にもならねーよ!」
「いやいや、恐れ入った。この状態を金で何とかできるものかね?」
裏の高い山に夕日が沈み、オレンジの日の光が力を失いゆっくりと夜闇が降りて来る。
薄暗くなった道祖神の方角から、一本道を無数の小さな何かがわじゃわじゃと道を埋めてこちらにやってくる。
「道祖神は、ムラに悪いモノが入らないように祀られているものだ。それを穢したのだから、こうなるのは当然。なんだが、君たちはこの近辺の者じゃないから知らなかったかな? 昔はその程度のこと、誰もが知っていたものだが」
一本道をこちらに向かって来る無数の小さな何か。
それは最近何度も現れている。
小鬼の群れだ。
一体一体は小さく、背の高さは5㎝ほどだろう。
都会から来た者たちが道祖神に悪質ないたずらする度に村に入り込んできている。
そして必ず、道祖神にいたずらした者は突然現れた小鬼に恐怖し、この神社に逃げ込む。
彼らもそうした例に漏れない。
彼らは、小鬼に足元にたかられてしまいジーンズの脛から下はボロボロに穴が開いている。開いた穴からは出血が見られるが、小鬼に齧られた傷からなのか、それとも潰した小鬼の血なのか? 判別がつきづらい。
「あれを放置していたら、この先の村の人たちが、みな小鬼の犠牲になってしまうかも知れないんだがね、どう責任を取ってくれるのかな?」
そう言うと、しおらしい方の青年は「本当に申し訳ありませんでした、ど、どうしたらいいのかわかりません」と涙を滲ませながら言う。
だが、もう一人の反抗的な青年は、とぼけた声色で、こちらを揶揄するように言った。
「いやいや……だいたい、あれが出たのが俺達が道祖神にいたずらしたせいだって、どうやって証明できるんだ? 俺達とは無関係で、この村に原因があったりするんじゃないか? むしろ俺達の方がこんな過疎の村にわざわざ足を運んでやった結果たまたま巻き込まれた被害者かも知れないだろうが」
そうか、君はそう自己弁護をするのかね。
責任を他者に押し付ける。
既にいいわけでは無く、詭弁になっている。
「まあ単なる田舎の神主が言う事なんか、君たちにとっては確かに間違っているかも知れず信用もできないかも知れないね」
スッと一人の神職が差し出すものを検分する。
そして神職はそれを青年たちに差し出す。
「君たちが燃やした道祖神の藁面の新しいものだ。これを今から道祖神まで行って被せて来なさい。そうすれば小鬼は消える。それが終わったらそのまま帰っても良い」
「ええっ、あんな得体の知れないものの中を突っ切ってですか!」
しおらしい青年は、既に涙目になっている。
「大丈夫、たかられはするだろうが、落ち着いて歩みを進めればいい。動揺したりしなければ襲われることはない。責任を取るのならば、自分が不快でつらい思いをするのは当然のこと。後はどれだけ耐えられるかだ」
「そんなの、信用できるかよ! 何で巻き込まれた俺達が、そんな危ない目にあわなきゃいけないんだ! だいたい、何の注意書きもしてない方が悪いだろうが。道端にあんな目立つものあったら知らん奴でも足止めるわ! そこまで考えて管理してない奴の責任だ! おまえら神社の者がやりゃいいだろ!」
おやおや、自分が言った詭弁を正しいと言う前提で話を捻じ曲げてきた。
本当にこれが正しいと思っているのであれば、世界中のものに全て注意書きをつけていかねばならないが。他者にはどれ程の労をかけても一向にかまわないのだな。
「道端にあるものには、注意書きを立てておかれなければ何をしてもいい、と君は言うのだね。まあ君がそう思っているのであれば、それでいい」
「なんだよ、俺の言い分が正しいから反論も出来ねえのかよ、ダッセ! はい論破!
おい、そんなこと、やるこたねーぞ!」
反抗的な青年はそう言って勝ち誇り、もう一人の青年にも責任を取らないことを強要した。
詭弁を基に立てた論にあえて反論せずに確認しただけだが、それだけで相手が認めたことになってしまうとは。驚いた。
「で、君はどうするのかね?」
しおらしい方の青年にそう尋ねる。
「こっちが正しいってこの神主は認めたんだぞ、そんなのやることねえからな!」
「……やります」
「お前、何言ってんだよ! こいつらにやらせときゃいいんだって! 何でそんな無駄なことするんだよ、バカじゃねえのか!」
「だって、何も知らない村の人たちに迷惑かけるのは」「いいんだよ、別に俺達に関係ねーんだから! どうせコイツらが何とかするんだ! この神主がこんな落ち着きくさった言い草してるってことは、何回かあったんだって、こーゆーの!」
しおらしい態度の青年の言葉を途中で遮って、反抗的な青年が持論を被せる。
反抗的な青年の言っていることで正しい部分は、何度か似たようなことがあったという部分だけだ。他者に被害が及ぶ程の重大な過ちを犯したということは認めようとしていない。最も、その部分については少々こちらが誤解させているのだが。
恐らく反抗的な青年が、今回のことを主導したのだろう。
二人の力関係は、反抗的な青年の方が上なのだ。
しおらしい態度の青年は、反抗的な態度の青年の顔と神職の顔を交互に見た。
長年ツルんできた友人の言を取るか、ここで初めて会った見知らぬ田舎神主の言を取るか。
ふむ、ここがきみにとっては運命の分かれ道だが――
「やります。信じます。責任取ってやります」
彼は、まっすぐにこちらを向いて、決意の宿った言葉を言った。
「そうかね。ではよろしく頼むよ」
しおらしい態度だった青年に、道祖神の藁面と、神職が火を着けた松明を渡した。
もうすでに辺りは暗く、この境内もすっかり夜の帳が降りている。
しおらしい態度の青年――いや、しっかり反省し自分の犯したことと向き合った青年は、藁面を脇に抱え、松明を右手に掲げて鳥居をくぐって境内から外に出て行った。
彼が境内から出るとすぐ、一定のリズムで彼が足を運んでいるのがわかった。
プチッ、プチッ聞こえる音。
道をびっしりと埋めた小鬼を、足を運ぶたびに踏みつぶす音だ。
当然、彼の体にも小鬼はたかっているはずだが、足音は一定のリズムを刻んでいる。恐怖に耐えつつ慎重に進んでいる。
プチッ、プチッという音は少しづつ、手にした松明が周りの林を照らす照り返しの光と共に遠ざかっていく。
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