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第1話 居酒屋の男

「いいわけ……ですか?」

隣の席の男が、俺の話にそう尋ねる。


 ここは、居酒屋。一人でカウンター席に座って呑んでいた俺は、たまたま隣に座った男と意気投合して、彼女に浮気がばれて良いいいわけがないか悩んでいることを話した。


 にこやかに話す人の良さそうな男に、ツイツイ気を許してしまった。


 彼女は、浮気がバレその場で、最低ね。の一言で、フラれて会ってもくれない。

 だから、ヨリを戻すために、良い『いいわけ』を考えて、部屋に突撃したい。


 付き合って三年。向こうだって俺に惚れていたはずだ。良い『いいわけ』があれば、許してくれるはずなのだ。


「浮気って言っても、ちょっと一夜の過ち。気にすることじゃあないんだ」


「そう……ですか。そうですねぇ。分かりました。こんなのはどうでしょう? 久しぶりに会った知人に誘われて……」


「ダメダメ。相手は、職場の同僚。よく会っている相手なんだ。調べたらすぐバレる」


「じゃあ……彼女さんの誕生日の買い物をしただけだ……」


「ガッツリ、ラブホから出てくるところを見られたから」


「そりゃ最低だ」


「だろう? 最低な状況。だから、うまいいいわけがないと困るんだ」


「そもそも、どうしてそんなにヨリを戻したいんです?」


「だって、あいつは資産家の娘だぜ? ブサイクでも、逃すのは惜しいだろ?」


「好みの女性ではないけれども、お金目的」


「なんだよ……誰でも似たりよったりだろう? 向こうだって、俺をイケメンだの学歴だのというスペックで選んだんだから、一緒だ!」


 なんだ、こいつ。気が合うと思って話していたが、ちょっと違ったか?

 ここで説教されても腹が立つ。いいわけを作って帰ろうとした時、男が何かを思いついたようだ。


「ああ、良いのが思い浮かびました。こういうのは、どうですか?」


『彼女は、貧血を起こしたから、ちょっと休ませていただけ。指一本触れていない』


「それだ!」


 良い『いいわけ』を考えてもらって、俺は足取り軽く彼女の部屋へ。


 彼女の部屋の前には、先ほどの男。


 どういうことだ?


「悪かったわね! ブサイクで!」


男のスマホから聞こえるのは、彼女の声。


「貴方の心の中は、全てお伝えいたしました。もう、彼女さんは、ここにはお住まいではありませんので、諦めてお帰りください」

にこやか男の言葉に、俺は、震える。


 だまされた


「お、お前何なんだよ! あいつの新しい彼氏か?」


「いいえ。とんでもございません。便利屋をしております。本日は、彼女さんのお父様のご依頼で、貴方の本心を探らせていただきました。ちょっと貴方に未練の残る彼女さんに、貴方の本心をお聞かせした次第です。まさか、『いいわけ』を考えるお手伝いをするとは思いませんでしたが」

涼やかに男は笑う。


 ムカつく。


「この野郎!」


 殴りかかった俺の拳が当たったのは、コンクリートの壁。


 痛っつ!!


 俺は、その場にうずくまる。


 男は、何事も無かったかのように、軽やかな足取りでその場を立ち去った。

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