第一章 祓い師【壱】


 郊外にある山の麓。少し林を抜けると一軒の古民家が見えてくる。

 一室にだけ光が灯され、窓越しに映る影がゆらりと立ち上がると、少しして玄関の扉がガラリと開いた。

 出てきたのはこの古民家の主である御屋敷 晴明みやしき せいめいだった。

 季節は春だが、まだ夜は冷える。足早に郵便受けの中身を取り出して早々に家の中に舞い戻る。

 外観はザ・古民家だが、一歩玄関を潜ればリフォームされた明るく小綺麗な空間が広がる。今は夜でその内装は闇に隠れてしまっているが、昼間であればまるで別空間に入り込んだような感覚を覚えるだろう。

 晴明は郵便物を手の中で選別しながら元居た椅子に腰を下ろした。

 ふと、一通の白い封筒が目に留まる。表には自分のフルネーム。そして裏を返して綴られていた名前に眉を顰めた。

「……また召喚の手紙?」

 音もなく傍らに立った相手の声に、晴明は驚くことも無く手中の封筒をひらひらと揺らしながら「そのようです」と肯定した。

 先日断りを入れたばかりだというのに懲りもせずこうして送って寄こす。

 切手や住所もなく、互いの名前だけなのが正直気味が悪く、中身を改める気にもなれない。

 晴明は封を切らないまま派手な宣伝文句や企業名で飾られたダイレクトメールの中に放り込みながら傍らの相手に視線を向けた。その双眸は右目だけが覗き、左目は長い前髪に隠されている。

「明日は依頼が一件入っているので朝から向かいます」

「準備は?」

「人に会う予定はないので適当に。彼にもそう伝えてください」

「了解。久しぶりに派手に行こうかしら」

 うふふと女性らしい含み笑いを零しながらどこか浮足立っている様子の相手に晴明は名を呼んで釘を刺す。

「貴人。遊びに行くのではありません」

「分かってるわよー。だから普段は目立たないように控え目な格好にしてあげてるじゃない。人間に会わない時くらい許してほしいわ」

「その必要性を感じないのですが」

 溜息を吐きながらそう言うと、貴人きじんの白い頬が膨れ上がる。

「まったく晴明は乙女心が分からないんだから! あなたの隣を歩くためにはお洒落は必要不可欠なのよ!」

 更に意味が分からなくなった。

 右側の艶やかな黒髪を前から後ろへと編み込んで流し露になった漆黒の瞳。それは淡い照明に照らされて強い輝きを放っている。そして薄く血色の良い唇がポカンと僅かに開けられている様は何とも言えない気持ちにさせられるのだ。

 他人からそんな風に見られていることなど晴明には分かるはずもないので、ただただ溜息を零すばかりだった。

「……まあ好きにしてください」

 仕事に支障がなければ格好など何でもいい。貴人の言う通り“人間”と対面するわけではないのだから。

「明日は真面目にお願いします」

「あら? わたくしはいつも真面目よ。でも珍しいわね……釘を刺すなんて。今回の案件は厄介なの?」

「ええ……少々」

 晴明はそれだけ言い残して部屋を後にする。背後でフッと照明の消える気配を感じながら此度の依頼について少し考えていた。

 依頼主は大手企業のトップで買い取った廃虚の敷地に別荘を建てる計画をしている。

 しかし取り壊し業者が入った辺りから奇妙な現象が起き始めた。

 最初は気のせいだと思える程度の物音や何かの気配をただ感じるだけだったのだが、測定などの作業に人の出入りが激しくなってきた辺りでついに怪我人が出てしまった。

 偶然脆くなった天井の板が剥がれて落下してきたと証言しているが、誰かに背中を押されて階段から落ちかけたり、足を掴まれ強い力に引っ張られたといった証言が出てきたことで天井板もただの偶然ではないのかもしれないと騒ぎになったのだ。

 それ以来解体作業が滞り、解決するにも怪奇現象という非現実的な問題に頭を抱えたお偉いさんは藁にも縋る思いでこういった現象の専門家である晴明を頼ったというわけだ。

 御屋敷晴明の名は表よりも裏の世界にそこそこ知られている。

 知名度を守るために内々に依頼が来ることが多く、顔を顰めたくなるような案件もあるため請け負うか否かの選別には慎重にならざるを得ない。

 今回の案件は良くある怪奇現象の調査と解決に導くことだが、人間に怪我を負わせるほど力の強い相手ということに、晴明は久し振りに緊張していた。

 現象が起きるには何か原因があるはず。元を断つためにも早々に根っ子を突き止めねばならない。

 とはいえ、これまで失敗したことはない。例え一人では難しい大物が相手であっても確実に完遂する。――御屋敷晴明の職業は祓い師であった。


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