転生したらブッコローだった件

なっとう

第1話 鳥になる

 「ん?いつの間にか眠っていたようだな。それにしても真っ暗なのはなんでだ」


 たしか競馬場から帰るために電車に乗っていたはず。

 もしかして終点まで眠って誰にも気づかれずに車庫の電車に取り残されてしまったのか。

 それにしても風の音が騒がしい。上を見ると夜空に星がきれいに輝いている。

 もしかして外にいるのか、それも地方の。

 おかしい、おかしい。

 電車で寝ていた僕をさらって金目の物を盗んで置き去りにしたのだろうか。

 確かに今日は万馬券を当てていたし、見知らぬ誰かに声をかけられたような気がする。

 何か睡眠薬の入ったものでも飲まされたのだろうか。

 いつもは電車内で眠ってしまうことなど無いのに。

 まあいい、とにかくここを脱して早く家に帰らないと娘が待っているんだから。

 

 月が出ていない真っ暗のなかをしばらく歩くと街の明かりが見えた。

 嗚呼良かった、これで帰れる。

 それでここはどこだ?来たことがある街だな。

 そうだ鎌倉だ。じゃあ帰るとすれば駅からとりあえずJRに乗って横浜へ向かうか。

 小銭入れを探して体をまさぐるが見つからない。

 というか僕、服を着ていないじゃないか?

 いやでも寒くないし、すれ違う人も振り向くけど通報されていないけど。

 鎌倉は裸でも大丈夫な街なのか。そんなわけあるか!

 手をよく見ると羽が付いている、というか羽だ。てゆうか鳥の翼だし。

 鏡は無いか、ガラスでもいい。自分を確認してみたい。

 

 目の前にいるのは丸くてオレンジ色の鳥がいる。

 手を挙げてみる。鳥の翼も同時に挙がる。

 僕じゃん!!

 くちばしがあるから鳥だと思うけど、鶏でも雀やカラスには見えない。

 だいたいオレンジ色の鳥なんか知らん。

 飛べるのか?羽ばたいても無理だった。

 つーか、丸い体に短い翼じゃ力学的に無理だろう。

 

 金もないから駅の隅でたたずんでいるといきなり体を持ち上げられた。


 「この縫いぐるみ可愛い!、忘れ物なのかな、なんのキャラクターなんだろう」


 1人の清楚系の女性がそんなことを言いながら僕の体を上下させてしゃべりだした。


 「オイ!僕は縫いぐるみじゃない、生き物だ。人間だ」


 僕と女性の目が合った。


 「声?出しました?」


 「人間だもの話せるのは当たり前だろ、日本人だし」


 「もしかして何かの撮影ですか、どこかにカメラがあるんですか。モニタリング?」


 「そんなわけあるか!!」


       ★


 「そうなんですか、気が付いたら鳥になっていたと」


 僕と女性は駅のベンチで話をしている。

 

 「そうなんですよ、電車に乗っていたのに気が付いたら森の中だし鎌倉だしわけわからないことになっている」


 「その日はいつだったか覚えているんですか」


 「確か重賞のある日だから・・・」


 「もしかして○○○○線でしたか」


 「そうそう、よくわかりましたね」


 「だって大きな事故がありましたから」


 え?


 「踏切を通過中の電車にトラックが突っ込んですごかったんですよ」


 もしかして?


 「もしかして鳥さんは転生したのかもしれないですね」


 転生?


 「最近は転生物の小説が売れていますけど、本当にあることなんですね」


 「いやいや初めて聞いたから」


 転生ってあれだろ、生まれ変わるということだよね。マジでか。


 「鳥さんはこれからどうするんですか、帰るんですか」


 「僕は死んでいることになっているでしょ、それがいきなり鳥になって帰ったら・・」


 「じゃあ森に帰ればいいんじゃないですか?」


 「そんなのできるかーー!」


 だいたい僕はキャンプでさえまともにやったことがないのに、本格的なサバイバル生活なんてできるわけがない。それに食べるのも虫とかなんだろう。いくら昆虫食がブームとかいっても、鮮度が良すぎてかえってキモイわ!


 「じゃあどうしましょうかね、我が家にきますか?高校生の子供と旦那がいますけど」


 「僕はこう見えても40代のおじさんなんですけどいいんですか?」


 「でも見た目は縫いぐるみの鳥ですよ」


 そうだった。


 「けっこうかわいいですよ、なんならペットとして飼ってもいいですよ。あ、でもエサは何がいいんだろう」


 「エサと言うなー、人間だから同じものにしてくれ」


     ★


 女性の名は「イク」さん。横浜の大型書店に勤務しているそうだ。

 連れて来られた自宅には優しそうな旦那さんと賢そうな高校生男子と中学生女子が迎えてくれた。


 「鳥を拾ってきたと話していたけど、想像していたのと全然違うね」

 

 旦那さんが自己紹介をする前に放った言葉だ。


 「これってAI搭載のものなの?」


 これは長男の言葉。


 「知らないキャラクターだけど、見本品なのママ?」


 長女の言葉だ。

 そんな3人の言葉を聞かなかったことにして。


 「初めまして鳥です、なにぶん初心者なのでよろしくお願いします」


 こうして僕は飛べないけど喋れる鳥として人間社会で生きていくことなった。

 名前はまだないけど。

 

      ★


「なるほど、面白い」

 

 僕は有隣堂の社長室の机の上に置かれて、至近距離で社長と見つめ合っている。


 「どうも鳥です、よろしくお願いします」


 社長は僕に体を触りながら確認する。


 「スイッチは見当たらないな、造りも柔らかいし普通に縫いぐるみにしか見えない」


 「そうなんですよね、何故か鳥の縫いぐるみなんですよ」


 「見たところフクロウのような感じだけど合っているかな」


 するとイクさんが答えた。


 「耳があるからミミズクのほうが適切かと思います。私も最初はフクロウだと。

 フクロウは欧州で知の象徴といわれているので、書籍販売を生業としている我が社にピッタリだと考えました。

 しかも喋れるという不思議さもインパクトがあってよろしいかと思います」


 「確かにそうだな、でもさすがにしゃべれる縫いぐるみが現実にいたら世間を騒がすどころじゃないだろう。テレビの特集番組ができるレベルだ。パンダより悪目立ちすぎて会社の存在が消えてしまいかねないし、何より業務に支障がでるのではないかな」


 「確かにそうですね、それならばパペット人形ということにして中の人と黒子を用意してはいかがでしょうか。実際は鳥さんが喋って動くんですが、映像では黒子がいて中の人がパフォーマンスをしているという」


 なんか僕の存在を忘れているように話が勝手に進んでいるようだ。


 「あの、結局僕は何をしてたらいいんでしょうか」


 「動画チャンネルのMCをお願いしたいんです。社員とかゲストと一緒にトークを交えながら商品紹介などをしてもらえれば」


 「それなら芸名とかを付けるんですか、人間の時の名前はありますけど」


 社長とイクさんは顔を見合わした。


 「そうですね、ブックになぞらえてブッコローなんかどうですか」


 「それがいいね、丸いしポケモンにいそうだから人気が出そうだな」


 社長のオーケーが簡単におりた。


 「本屋のキャラだから本を持たせても、森から生まれたから緑の表紙で」


 最終的に、R.Bブッコローという名のMCが生まれた。

 これから僕の新しい人生、いや鳥生が始まる。

 もう人間関係のしがらみとか考えなくていい、自由気ままに生きていく。

 毒を吐こうが所詮ミミズクの戯言。

 忖度をしないで自分の価値観で好きにするぞ。

 そしてイクさんを見て、

  

 「イクさん、ところで僕のギャラはいくらなんですか」


 イクさんはハッとした顔で社長を見た。


 「ミミズクって何をエサにするんだっけ、ペットショップの高級フードとかかな?」


 エサと言うなーーーー!

 

     ★



 仕事と居場所が決まった。

 結局ギャラは現金だけどイクさんが預かってくれることになった。

 住むのはイクさんの自宅に居候。家賃はかからない。

 食費はギャラの中から支払われる。

 移動はイクさんが手荷物として運んでくれるようだ。

 落ち着いてきたら人間時代の自宅が気になってきた。

 嫁さんと幼い娘はどうしているのか。

 イクさんにお願いして連れて行ってもらうことにした。


 夕方、娘の幼稚園のお迎えから帰宅する二人を見届けるために物陰から見守る。

 すると娘の声が聞こえてきたので身を乗り出してみると、嫁さんの他に大人の男が一緒に娘と帰ってきた。

 うそだろ、もう再婚したのかと一瞬思ったがよく見ると僕だった。

 いやいや僕はここにいるから。

 あそこにいる男はいったい誰なんだ。

 一緒にいたイクさんに説明すると、


 「あの方がブッコローさんの人間時代なんですね。もしかすると誰かの魂が転生したのかもしれないですね。鳥に転生するのだからあり得る話だと思いますよ」


 中身は僕じゃない誰かということか?

 ちょっと会って話をしてみたい、確認したい。

 お互い転生したんだから。

 そのことをイクさんに伝えるとすぐに小走りでアプローチしてくれた。


 「あの突然すみません、私こういう者なんですが」


 会社の名刺を差し出しながら人間の僕に話しかけた。

 イクさんがおっとりそうに見えてけっこう行動力があることに驚いた。

 さすがに若くして販売員から役付きまで出世する有能な人だと思う。


 「実はですね、我が社で動画配信をするんですが出演者を探していたんですよ。

 社内で自薦他薦などで募集していたところ推薦がありお伺いしまして。

 メールでご連絡していたはずですが、よろしかったでしょうか。。。『転生されたんですよね』・・・」


 最後は耳元で囁くように話すと人間の僕はビクッと反応した。

 そしてイクさんの顔を見て、


 「そうでした、突然のことで驚いてしまって。なんで僕なのか改めてこちらからご連絡しようと思っていたところでしたが、まさか直接来られるとハハハ・・・」


 「近くまで来ていたものでご迷惑かと思いましたがせっかくなので直接お話をした方が良いかと思いまして。今からお時間がありましたら近くのカフェでご説明しますが?」


 「そうですね、そうしましょう・・・」


 人間の僕は嫁さんと娘に伝えてイクさんと一緒にカフェに向かった。もちろん僕を抱えて。






 「あのー、隣に置いてある鳥の縫いぐるみはなんですか」


 人間の僕は大きく丸っこいオレンジ色のミミズクの人形が当然のように席に座らせていることに不思議がった。

 

 「それもこれからご説明しますから」


 イクさんは慎重にゆっくりと話し始めた。


 「このミミズクはブッコローさんといいます、でも以前はあなたと同じ名前だったと言っています。

 そうですよね?」


 イクさんは僕に顔を向けた。


 「どうもブッコローと申します、昔は人間でした」


 人間の僕は目を見開き、声を出しそうになったが我慢して堪えらたようだ。

 そして何かを悟ったような顔をした。


 「驚きましたね、まさか声を出して話すことができるなんて。

 そうですか、昔は人間だったと・・・」


 人間の僕はそう言った後、ガバッとテーブルに土下座するように、


 「すみませんでした許して下さい!!」


 そう言って謝ってきた。


 「あのー目立つので止めてください、私が何かトラブルを起こしているように見えますから」


 イクさんは人間の僕に冷静に言い放つ。

 その言い方は余計にそう思われれそうだが、まあ突っ込まないでおこう。


 「すみません、まさかの本人を目の前にしたら自然に・・・」


 人間の僕は下を向いて恐縮しながら僕の方をうかがう。


 「なぜ謝罪するんですか、心苦しいことでもあるんですか。転生なんですから本人の意思とは関係ないと思うんだけど」

 

 僕はうつむいている僕を見ながら話した。


 「実は電車に突っ込んだトラックを運転していたのは僕なんです」


 なんだと、事故の当事者なんじゃないか。


 「じゃあ奇跡的に乗客が無事だったけど運転手が亡くなったというのが・・・」


 イクさんは納得したように考えている。


 「居眠りをしていて気が付いたらこの体になって、壊れた電車の中で目を覚ましたんです。でも怪我が酷くてそのまま病院に運ばれて昨日退院したばかりなんです。

 ニュースを見たり病院の人が言うにはトラックの運転手だけが亡くなったと。そして名前を確認したら僕だったんです。

 その時は乗客に亡くなった人がいなかったのが幸いだったと思いました。

 でもこの体は僕じゃない、ということは魂だけが僕ということに気が付いたんです。

 ああ、この人は僕のせいで亡くなってしまったんだと思いました。

 そしてお見舞いに来てくれたこの体の人の家族に会ってしまったら申し訳なくて。

 まさか中身が転生した全く違う人だと伝えたところで信じてくれるとは思えないし、信じたとしても中身が別人なんですから余計に混乱すると思って、死ぬまで秘密にしておこうと心に決めていたんです。

 僕が死んだらあの世で謝ろうと思っていました。まさかこんなに早く直接会えるとは思っていなくて・・・」


 まあそうだろうな、僕でも転生なんて信じられない。しかもミミズクにだからね、人間の僕はむしろ人間に転生できてラッキーじゃないのかな。

 僕とイクさんは頭を下げ続けている人間の僕をしばらく見つめていた。


 


 「転生の辻褄が合いましたね」


 イクさんはそう言うが、僕がミミズクになった理由にはならないから。

 今さらどうしようもないからこの場では言わないけど。

 

 「それではちょうどいいですから、本題の話を進めますか」


 「え、本題?それはお互いが入れ替わったことで話は終わったんじゃないの」


 「違いますよ、動画の黒子としての出演要請ですよ。ブッコローさんの秘密を共有しても大丈夫な人がせっかく見つかったんですから使わない手はないですよ。

 それでですね、私の会社でブッコローさんをMCにしてネット番組を作ろうとおもっているんですが、さすがに言葉を話すミミズクをそのままだと世間を騒がしてしまうので、中の人と縫いぐるみを操作しているという体(てい)の人を探していたんですよ。

 実際に喋るのはブッコローさんで、背後で黒子姿で動かしている風を収録して、中の人の体だけを収録の声と同調させながら演じるということをしたいと考えています。

 いかがですか、声を出さず顔も出ることは無いんですけど」


 人間の僕は少し考えている。そうだろうな、たぶん想像がつかないと思う。


 「あの、具体的に何をすればいいのでしょうか」


 「そうですね、ペンを持って紙に字を書いてもらうとか、パズルをしてもらうとかですね。

 特に難しいことはしません。映るのは手元だけですから」


 「それでした僕にでもできそうですね。わかりました贖罪の意味でも協力させていただきます」


 話はまとまったようだ。

 でも個人的に人間の僕にお願いしたいことがある。


 「あのですね、贖罪というなら僕の家族の様子とか毎日教えて欲しいんですよ。

 このとおりミミズク姿で、世間から離れて生活していくので現実的に一緒に生活はできないだろうから。その代わり僕の記憶も共有してボロが出ないようにしてもらわないとね」


 「わかりました、別の体とはいえ生まれ変わったのですから命をかけて頑張ります」


 「そこまで気負うことないよ、僕は僕で人間のしがらみから抜け出すことができたから。

 家族は心配だし寂しい気持ちは強いけど、死んで別れたわけじゃない。

 姿は変わっても見守ることができるからね。

 事故は不運だったけど、あなたも自分の人生を失ったわけだし。違う人間として生きるかミミズクとして生きるか、どっちがいいかなんてわからない。

 お互い事故や体に気を付けて生きていきましょう。もう僕の体じゃないから好きなようにしていいですから。

 ちなみに僕は縫いぐるみだから修理できるので心配していないし。でもスペアは用意して欲しいなイクさん?」


 「いいですよ、まったく同じようには作れないでしょうけど所詮ネット動画ですから、気づく人もいないでしょうし、チャンネル登録者もどこまで増えるか未知数ですからね」


 早速、最初の動画撮影のスケジュールを相談して僕たちはカフェを後にした。

 帰り道、イクさんに抱えられながら考えた。

 もし僕が僕の人間の体に戻ったらどうなるのか。

 あの人はどうなるのか。魂は追い出されるのか、天に召されるのか。

 逆に人間の僕が死んだらあの人は再び転生するのか。

 果たしてミミズクの僕は死ぬのだろうか。

 転生は僕が知らないだけで、けっこうどこでも起きているのだろうか。

 まあいいか、考えても仕方がない。


 「ねえイクさん?今夜のメニューは何?」


 「え、ブッコローさんのエサはコンビニで買った猫缶ですよ。だって箸使えないでしょ」


 てっゆうかエサって言うなー。同じものにしてくれー。

 あーやっぱりミミズクから転生したい。






 

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