いいわけ

内藤 まさのり

遅刻のいいわけ

 私の学生時代には携帯電話などはなかった。ただその頃の学生にもいろいろと興味を持てるものはあったし趣味もあった。夜はそれら好奇心を満たす時間であり、親から寝なさいと二度、三度言われないと寝ないのは私だけではなかったと思う。


 目覚めが悪い方ではなかったが、さすがに日付が変わって午前2時、3時と夜更かししてから寝ると、朝起きるのは大変だった。私は通う学校の所在地は、家から遠くはないが近くもなかった。電車に乗る必要はなかったが、自転車通学を許される程近くもない微妙な距離で、確か20分以上はかけて徒歩で通学していた。だから始業時間から逆算して家を出る時間を設定するのだが、朝はなかなかその時間に家をでる事が出来なかった。親に叱られながら家を出るとだいたい設定時間の5分遅れ位で、どこかでその5分を取り返さなければならなかった。早歩きの時もあったし、走っては歩きのインターバル走で通学する時もあった。その甲斐あって私の遅刻回数は年に数回程度で、取り立てて学校から叱られることもなかった。

 しかし、私と違って遅刻をする事に無頓着なのか、それとも早くに寝ても朝どうしても起きられない体質なのか、ちょくちょく遅刻をして先生方に叱られている生徒が数名いた。その中に少し変わった生徒がいた。遅刻をすれば当然先生に遅刻の理由を聞かれるのだが。その言い訳が毎回少しづつ違うのだ。


 ありふれた理由を述べる事もあった。「寝坊しました。」とか「朝起きたら熱があって。」とか、少し変わったものでは、「階段を上るのに苦労していたおばあちゃんの荷物を持って一緒に階段を上っていた。」というのもあった。どれも本当にそうだったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。また本当の事を言う時もあれば、よく言えば創作、悪く言えば嘘をつく事もあったのかもしれない。そんな彼の言い訳の中でその当時真実か創作かがわからずしばらく私の頭の中に残った言い訳がある。それは「電車がイタチをきそうになって緊急停車して遅れました。」というものだ。


 周りはその言い訳を聞いて爆笑していたが、その時彼が周りを見て少し驚いているのをみた私は、この言い訳が真実ではないかという疑念を抱いてしまったのだ。

 確かこの遅刻の常習犯とは異なる友人に「あのイタチをきそうになったといういいわけ、本当だと思う?」と聞いてみて「そんなわけないだろう。」と返された記憶がある。本人に問い質すほどの事はないので本人に確認するようなことはしなかった。よって真偽の程は分からなかった。


 北海道で地方を結ぶ列車に乗ると、時々シカなどの野生動物を列車がいてしまう事がある。かれた動物の処理などで列車はしばらくの停車を強いられるのだが、そんな時いつもこの事を思い出し「あの時の言い訳は本当だったんだろうか?」という思いにふける。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いいわけ 内藤 まさのり @masanori-1001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ