そんなことしていいわけ!?

オビレ

第1話

「んで、ここはミーちゃんって猫がいるおばさんち」


「へぇ~! どんな猫なの?」


 俺は今、近所のアパートに引っ越してきた篠田と一緒に下校している。


「真っ黒な猫。おとなしいぜ」


「黒猫なんだ! 僕真っ黒な猫見たことないかも」


「今度遊びに行こうぜ」


 今日、篠田は六年一組に転校してきた。

 俺は隣の二組。


「どうだった? 一組うるさかっただろ。目立ちたがりなやつ多いからな~」


「にぎやかなクラスで楽しそうだなって思ったよ。みんな親切ですごくホッとした……」


「やっぱ緊張すんの?」


「するよ! 昨日の夜なんかどうしよう明日だって本当に不安で……やっと解放……」


タタタタタッ


 後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。


「ちょっとぉ~! 何で先帰んのよー!」


 四組の果奈子かなこだ。


「もーう! しかも何で転校生と一緒に帰ってんのよ」


「家近いし、この辺のこと教えようかなって」


「あたしも誘いなさいよ!」


「えー。果奈子うるさいからなぁ。篠田がビビるかもじゃん?」


「うるさくないわよ! あ、篠田くんだっけ? あたしは斎藤果奈子。斎藤でも果奈子でも好きなように呼んで!」


 果奈子は笑顔で篠田に向かって話す。


「あっ……うん! じゃあ斎藤さんで。よろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀する篠田。


「んも~! かたいわねぇ。あたしは篠田って呼ばせてもらうわよ! よろしく篠田」


 篠田は嬉しそうに頬を緩ませてる。

 ……やっぱ四組が終わんの待っとけばよかったか。



 俺たち三人は一旦家に帰ってからまた集合した。


「なぁ、キャッチボールしようぜ。篠田できる?」


「うん。でも僕グローブ持ってないや……」


「あぁそれなら俺んちの使えばいいよ。二個あるから。俺は佐々木さんちの借りるわ」



ピーンポーン


「……」


ピーンポーン


「……」


 誰も出なかった。


「留守みたいね。キャッチボールは交代でやりましょ」


「お邪魔しまーす……」


 俺は佐々木さんちの庭に入った。


「ちょっ! 一真かずま! やめなって!」


 果奈子の忠告を無視し、俺は庭の物置の戸を開け、中からグローブを一つ取り出した。


『何してるの!? そんなことしていいわけ!?』


 着いて来た果奈子が後ろから、声のボリュームを下げて叫んだ。


『大丈夫だって。佐々木さん優しいし』


 俺もボリュームを落とす。


『だからって断りもなく……怒られるわよ!?』


『怒られたら俺のせいにすりゃいいから。実際俺が悪いんだし』


『あんたねぇ……佐々木さんも何で鍵閉めてないのよ! 不用心すぎるわ』



 家の前に出ると、篠田の目が大きく開いた。


「えっ! 勝手に使っていいの……?」


「大丈夫大丈夫」


「あっ! 佐々木さんの車よ!」


 果奈子がそう言った直後、佐々木さんちの車が目の前に現れた。

 邪魔にならないよう、俺たちは端の方へ移動した。

 車庫にとまった車から佐々木さんが出てきた。


「「こんにちはー」」


「おお。こんにちは。今から野球か?」


「うん。キャッチボールだけど。あっ! このグローブ借りていい?」


「ん? それうちのグローブか?」


「うん」


「どこにあった?」


「……物置に……」


「物……勝手に入ったのか?」


 俺は小さく頷いた。


「ごめんなさい……」


 佐々木さんは、ふぅ~っと鼻から大きく息を出した。


「あのなぁ…………」


 佐々木さんは、俺の前に片手を出した。


「返しなさい」


「……」


 俺は無言でグローブを渡した。


「勝手に入るのはよくない。しちゃいけないことだ」


「はい……」


「ボール遊びをしてて、ボールが入っちゃったから、それを取るために仕方なく入るのは構わないよ、うちはね。だけど、許可もなく勝手にグローブを借りようとして敷地内に入るなんて、非常識にも程があるだろ」


 説教を受けている間、せっかく果奈子が忠告してくれてたのに……ってついさっきの自分の行動を後悔した。


「はい……すみませんでした……」


 佐々木さんは優しいから、これくらい許してくれるだろうって思ったけど、でも他人の家に勝手に入っちゃダメなことくらい、少し考えたらわかったはずなのに……。


 佐々木さんは大きくため息を吐いた。


「今日は、使っちゃダメだ」


 ”は”を強調して佐々木さんはそう言った。


「明日はこの時間、家内がうちにいるだろうから、借りにおいで」


 俺は顔を上げて佐々木さんを見た。


「じゃあケガしないように遊ぶんだぞ」


 佐々木さんは片手で俺の頭をくしゃっと撫でた。


「ありがとうございます!」



 俺たちはキャッチボールをしに、小学校のグラウンド目指して歩き出した。


「ごめんな……俺が勝手なことしたから……」

 

 首を横に振る篠田。


「全力で止めなかったあたしもよくなかったわ。次から気を付けましょっ!」


「おう……ありがと」


「……あ、あのさぁ!」


「ん?」


「さっき叱られてる時、一真くんは何も言い訳しなかったよね。それってすごいことだと思うんだ! 僕だったら『誰もいなかったからつい……』とか言ってたと思う……」


「……篠田」


「んもー! 篠田! それあたしも言おうとしてたんだけど! 何で先言っちゃうのよぉ!」


 果奈子はすごく悔しそうな、残念そうな顔をしている。


「えっ! あっ……ごめんね!」


「もーう! やるじゃないあんた! 下の名前は何て言うの? 教えなさいよ!」


「……剛蔵ごうぞう……」


「「剛蔵!?」」


 俺と果奈子の声が重なった。


「おま……なんか強そうな名前してんな~! かっけー!」


「剛蔵ね! いっちょ前にいい名前じゃないの! まぁ……か、一真もいい名前だと思うけど! もちろんあたしもよ! 果奈子! なんて素敵な名前なのかしらっ」


 俺と剛蔵は顔を見合わせると、ははははは! と笑った。


「何笑ってんのよ! もう! さっさと行くわよ!」


「よっしゃ! 学校の門まで競争な」


 俺が走り出すと、すぐに剛蔵も走り出した。


「ちょっと……待ちなさいよ~~~!」


 元気な声を背中に受け、俺と剛蔵は学校への道のりを駆け抜けていった。 fin

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