いいわけ

もと

ハッピーバースデー。

 いつからか、二十年ほど前だったか。

 関わった神々は未だに少年を覚えていると口を揃える。


 そのうち一人目の神はこれ。まだキラキラと幼さと花びらを振り撒いていたその女神が、ふと地上を覗いた時だった。年端もいかないニンゲンがトラックとらっくに轢かれ身体をぐちゃぐちゃにされた瞬間を目撃した。

 これは初仕事だ、ちょうど良い、しとやかに女神らしくと新米女神は白い翼を広げ少年の元へ舞い降り。


「こ、こんにちは! えっと、私はアナタを可哀想だと思ったので転生か転移をしてあげたいと天からやってまいりました! よろしくお願いします、女神です!」

「……」


「ちょっ、ちょっと! こっちはちゃんと自己紹介してるんだから挨拶ぐらい返しなさいよ!」

「……め、女神……み、様、おっぱいが大きいです、息が出来ません……」


「やだ?! ご、ごめんあそばせ?!」

「……ぷは」


 爆乳で少年を潰しかけた。降りた位置が悪かったかと慌て移動すればフトモモで窒息させかけたり、申し訳ないと頭を下げるつもりが目の前でスッ転んで尻を丸出しにしたりしながらも、やっとの思いで少年を『RPGあーるぴいじい』の世界へ転移させた。希望通りに『モブキャラもぶきゃら』にもしてあげた。

 一仕事を大騒ぎで完結させた新米女神には周囲の神々も苦笑い、だが当の本人はそれどころでは無かった。しばらくは怖い顔をして拳を握り締め、顔を紅白に変えたりしていた。側を漂う天使によれば、

「ニンゲン……油断した! なんと手強てごわい、なんと狡猾こうかつな生き物よ! 無知なフリをして我をあざむき破廉恥な醜態を晒させるとは……クソがあ!! 全ては彼奴あやつの策略かー!」

 と、叫んでいたとかいないとか。

 その後、崖から足を滑らせ落ちて死んだ少年に謝罪しながらも「ダイッキライダ」「バカバカバカ」等と喚き散らし更に細かく切り刻んだとか切り刻んでいないとか。


 新米女神のそれを呆れた頬杖で眺めた後にため息ひとつ、姉女神が手本を見せてやろうと飛び立った。これが二人目の神。

 流石は百戦錬磨の姉女神、次こそ幸せに平穏にと息巻く少年の希望を叶えRPGの世界で逞しい筋肉と精悍な顔立ちの最強主人公へサラリと転移させてやった。

 二人の女神は素晴らしいわとキャッキャウフフ、新米女神の心の傷も癒えたかと安堵した瞬間、それは起きた。RPGの世界においてのダークホース、ヤンデレサキュバスに少年は手を出したのだ。なごやかな雰囲気は一変し二人の女神は気を揉み天を仰いだ。

 まもなく、女遊びの激しくなった少年は「愛してるー!」と叫ぶヤンデレサキュバスに刺されて呆気あっけなく死んだ。これはこれは、またもや発狂した新米女神に、

「次を上手くやりなさい。アレは私達のせいでは無い、主人公としての器が出来ていないニンゲンだったのだ」

 と、慰める姉女神。


 そして三人目の神として彷徨さまよう少年のたましいをつまみ上げたのは、なんと何処どこからでたか黒い悪魔の王、魔物の神、魔王であった。

 これは迂闊うかつに手出しせぬ方がと身を引く白い女神達。台詞を読み上げるかのように偉そうな魔王は震える少年をかしづかせ、言いなりのしもべとした。仕込んだ手順をこなす少年に感心していると参謀である人形ひとがたの魔物達が、

「もっと有能な転生転移者がおります」

「もっと広い異世界がございます」

「見聞を広めましょうぞ」

 と、囁く。そうかそうかと素直な魔王は、自らの世界を良くしようと奮闘する参謀達に手を引かれ現代の本屋古書店を巡りラノベやマンガを読み漁る事となった。やれやれ、どうやら魔王の中身も転生転移者であったらしいと分かったのは最近の話である。今では新米女神や姉女神とも仲良くやっているそうだ。


 すっかり忘れられた少年の魂はことわりのっとり、さいの河原へと流れついていた。石を積み積みその時は不意に訪れた。少年はヒトとして生きた十五年の間は特に良くも悪くも無かったらしい、はたしてアリとして転生を果たした。

 そこでも少年は良くも悪くも無くなまけ、当たり障りなく、特筆すべき事も無く数ヶ月で命を落とした。その時、「虫もイイ」と余計な事を思わずに静かに死ねば良かったものを……。


 少年はまた蟻に転生した。

 仏様は三度ぐらいならば物事をサラッと流してしまう事を知らなかったようである。まあいいかと少年も流す流す、まるで他人事の様子。

 しかし思う所があったのか「次はニンゲンー!」と叫び人生蟻生を閉じた。


 それを受けたのは四人目の神、我らが長兄である。

 チマチマと可哀想になったのか、ニンゲン以外の生物の魂が通る虹の橋の途中で少年を拾い上げた。

 これまでを見聞きしていた長兄神は、少年が熟考したであろう「主人公に守られるヒロインになりたいです!」という願いを聞き入れ懇切丁寧に転移させた。男の魂から女へ、逆もしかり、良く願われる事柄である。

 少年が新しい世界で主人公からドレス花束ぬいぐるみ宝石を贈られ幸せに生きておるのを見届けておしまい、めでたしめでたし、と……ならなかった。

 これ以上を見守るのも野暮かと目を逸らそうとした時、ヤンデレサキュバスなる者が「愛してるー!」と叫びながら寝室へ乱入、主人公もろとも少年はメッタ刺しの憂き目に遭遇し息絶えた。

 長兄神は「人生とは奇想天外摩訶不思議、愉快なものよ」と言い残しそそくさと他の案件へ乗り移った。新米女神も姉女神もガックリと翼を落としたものだ。


 ここで「ただいま」と浮き足立つ父神が帰宅、神々の世でいう深夜の散歩で起きた出来事を話そうとする。これは長くなりそうだ楽しい事でもあった様子だし厄介だと止めに入る子神達、やや、これはちょうど良いではないかと言い出したのは新米女神。

 あれに居るニンゲンの少年を何とかして欲しい、私達が順にかかっても上手くいかぬ、父神様のお力でなにとぞ、もう短期間で六度も転生転移に失敗させてしまったの、と袖を噛む。

 可愛い子神の頼みに父神、張り切っちゃう。

 そうかそうか七回目の生まれ変わりか、ニンゲンの世界では『七』は良き数字、ラッキーセブンと呼ぶのだぞ、百年ほど前の深夜の散歩で聞いたのだがアンラッキー……パスンと新米女神にケツを叩かれ父神はその話を中断せざるをえなかった。もうサッサと片付けて子神と親しもうと、父神の翼は広く大きく羽ばたく。

 さあさあ少年よ、どうしたい?


「人間になりたい。人間の僕は十五歳で死んだ。生きてれば三十五歳ぐらいなんだ。だから三十五歳の僕になって、キレイな奥さんが『いつもありがとう』ってニコニコしてて、四歳ぐらいの娘が『パパだいちゅき』って言ってくれて、僕は社長ね、で、会社では書類読んで『うむ、これで進めてくれ』って言ってれば年商数億円稼げてて、僕の月収は一千万で、『おはよう』ってSNSに書いたらイイネが1000ぐらいついて、ご飯の写真載せたら万バズで、昼に出勤して夕方には家に帰れて、家は10LDKみたいな? このLDKアルファベットってなんだろ? ランチ食べる部屋? D? K? まあいいや、とにかく広い屋敷で何不自由なく幸せに暮らしてる人間になりたい!」


 よしよし、ホレどうだ。よしよし、もう良かろう。

 父神、完璧に叶えたもうた。

 何度か呼ばれた気もするが子神を構う方が楽しかろう。

 父神、デレデレである。


 ――……少年が願い通りの三十五歳を数百年ほど巡った所で、神々はこの鬼畜の輪廻に気が付いた。

 少年の望んだ家族と友人に、会社でも歌われるハッピーバースデーのなんと禍々まがまがしいことか。とうの昔に壊れてしまったか満面の笑顔で答える少年の痛々しさよ。

 しかし父神も適当に完璧を産んでしまったゆえに呪縛の解き方が分からぬ模様。


「……」


 もはや言い訳すらない様子。



  おわり。

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