いいわけからでた真

櫻木 柳水

読切『いいわけからでた真』

あ!寝坊だ!

始業…しちゃってるぅ!!


「鴨屋ぁ…おめぇ、何時だと思ってんだ、クルァ!」

誰にも見つからないように入ったけど、ダメだった。

「こっちこい!馬鹿野郎!」

僕は入社以来の遅刻魔…いや直したいんだけどね…

企画部の部長、橋下さんに3日に1回は怒られる。


「おめぇよぉ、何回言われりゃあ気が済むんだっての!」

もう何度でしょ…

「すいません…いや、今日は、今日はね!違うんですよ!」

橋下さんはそれはもう呆れている。これ以上無いくらいのしかめっ面だ。


「今日家出たらですね、駅に曲がる道でおばあちゃんがグッタリしてたんですよ!」

よくある、老人を助けてて〜ってやつだ…まぁ寝坊しただけなんだけどね。

「あのさ、そんな都合よく、そんなババアがいるかっての…」


『次のニュースです。本日の朝7時頃、ウォーキング中の女性が熱中症で倒れていた所を名を告げず男性が助けました。男性は依然行方不明です。』


テレビのニュースで、今言ったことが報道されている。

「え?あのニュースの場所って、お前の最寄りじゃね?」

え?うっそだろ!?何で!?

そんな婆さん倒れてねぇし!てか7時なんて俺寝てたし!

「えー、鴨屋、マジか…えー、何、怒れないよな、そんなん…」

「あ、え、えぇ、すいません…」

と、自分のデスクに向かおうとしたが、

「でもさ、直ぐに居なくなったなら、間に合ってるよな…お?」


「橋下さぁん、聞いてくださいよ!その後、電車に乗って来たわけですよ…そしたらね!」

次は何を言ってやろうか

「川をね!犬が流れてたんです!助けて、服乾かしてたら遅れました!」

言ってやった、これなら…

「……今日日、そんな話あるか!」

ですよねー…流石に怒られた。まぁそうだよな。

今は捨て犬とか、ましてや川に流すなんて動物虐待だから、見つかった瞬間お縄になっちゃうわな。

「お前な、どっかでサボってたんだろ!あぁ!?」

とまた怒鳴られた。

すると、事務の晴子ちゃんが、

「鴨屋くぅん、あのぉ、朝ぁ、助けてくれた犬のぉ、飼い主さんからぁ、お電話ですぅ♡」

相変わらずの猫なで声に、うねうねしてる腰つき…うぅ、寒気が…ん?ちょっとまて…

「え、飼い主?」

「はぁい、飼い主さんって、ゆってましたよぉ」

え、今完全に口からでまかせぶち込んだよ?え、何でなんで…え、怖っ…

と、とりあえず代わろう


「もしもし…鴨屋ですが…」

「今日はありがとうございました…うちの子犬を助けていただきまして…」

本当に飼い主だ…え、なんで?どうなってんの!?

一通り話をして、電話を切った。

橋下さんも呆気に取られた顔をしている。

「マジかよ、おいおい…やるな!鴨屋!」

「いやぁ、でもその後ホームでコケちゃって、全身で受け身取っちゃって、痛いの我慢してここまできたんですよぉ」


橋下さんは何か恐ろしいものを見るような顔で、僕を見た。

「お前…鏡見てこい!鏡!なんだよ、その傷!さっきまでなかっただろ!」

え?顔?……いだっ…え?全身痛くなって来たんだけど!

関節という関節がミシミシ音を立てている…


『本日、朝8時頃、〇〇駅のホームから足を滑らせた男性が轢かれ死亡するという事故が起きました。目撃者の証言によると、非常に慌てていた様子で、走っていたとのことです。』


は?なんて!?

ちょっとまて!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!


会社は悲鳴で包まれた。

いきなり人間が目の前で、文字通り崩れたのだから。


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