恋敵の食いしん坊聖女をネズミにしてやるっ!

アソビのココロ

第1話

 聖女ラリア。

 彼女ほどムカつく存在が世の中にありましょうか?

 下級貴族の分際で、第一王子クリフトン殿下の婚約者に収まるだなんて。

 殿下の婚約者はわたくしカマーフォード公爵家のペイズリーと、ほぼ決まっていたでしょう?

 それを聖女認定されたあなたが突然かっさらってしまって……きーっ!


 確かにあなたはいつもニコニコしていて可愛らしい方ですわ。

 成績は中の中でしたけど、おっとり淑女らしくて。

 わたくしだって好感を持っておりましたわ。

 三年前のあの日までは。

 忘れもしません。

 だってあの日は選別式の日でしたから。


 選別式、それは一二歳になる年に行われる、神様から人として見習いの年齢になったと認められる式です。

 王立学校には司教が直々に来て、選別式を執り行ってくれます。

 選別式の際に、神様から恩寵が与えられることが稀にあるとは聞いておりました。


 恩寵とは神様から賜る特別な才能です。

 何とわたくしもいただきました。

 『調理』の恩寵です。

 高位の貴族にはどうかと思いますが、わたくしは嬉しかったのです。

 料理は趣味でしたから。

 食事を美味しくできる、素晴らしい恩寵ではないですか。

 神様に感謝致します。


 その年に恩寵を授かったのはわたくしの他にもう一人、それがラリアですわ。

 しかも『聖女』の恩寵です。

 『調理』とはレベルが違い過ぎます。

 『聖女』の恩寵を賜ったのは建国以来二人目だそうで、それはもう大騒ぎになりました。


 感謝したそのすぐ後で何ですが、神様を呪いました。

 どうして?

 今日はわたくしを祝福してくれる日なのではなくて?

 完全に脇役になってしまいました。


 選別式の日からラリアは変わりました。

 いえ、何が変わったという程のことはないです。

 いつもニコニコ慎ましいことは全然変わらずそのままだったのですけれど、雰囲気が神々しいというか。

 神力を醸し出しているからだそうです。

 何それズルい。


 神力とは聖属性の魔力のことで、これを扱える人間は聖女しかいないそうです。

 王立学校卒業後に特別なカリキュラムが組まれ、神力を思い通り発揮できるように教育を受けるらしいです。

 何それズルい。


 一番変わったのは成績でした。

 中ほどだったラリアの成績が突然トップになって。

 何でも試験中に神様が教えてくれるのだそうです。

 カンニングではないですか。

 何それズルい。


 そして先日、当然のように第一王子クリフトン殿下の婚約者に選ばれて。

 とにかくとにかくズルいのですっ!

 こんな理不尽なことがございましょうか!


          ◇


 ――――――――――聖女ラリア視点。


 選別式の日、あれで全てが変わってしまいました。

 私ラリア・コールは、貴族としてはごくごく平凡な男爵家の長女です。

 自分で人生を選べるわけでもなく、両親の勧める他家に嫁いで一生を終えるのだろうなあと、漠然と考えていました。

 貴族の娘とはそうしたものですから。


 それが突然、『聖女』の恩寵を受けたことで大きな変化が訪れたのです。

 皆の見る目が変わり、第一王子クリフトン殿下の婚約者となり。

 私自身は変わらないのに。


 あ、いえ学校の成績はよくなりましたね。

 何故か答えがわかってしまうのです。

 民衆を正しく導くために、先が見えることは必要な能力なのだそうで。

 インチキをしているみたいで落ち着かないのですが。

 でも結局自分の人生を選べないことは変わらないのですねえ。


 そういえば、カマーフォード公爵家のペイズリー様が『調理』の恩寵を受けていらっしゃいました。

 自分で何かをなし得る『調理』の恩寵は羨ましいです。

 ペイズリー様はお料理好きでお上手だと聞いたことがあります。

 ペイズリー様の努力するところが神様に評価されたのでしょうね。


 私は何が理由で『聖女』なんでしょうか?

 サッパリわけがわかりません。

 それこそペイズリー様のように優秀でお美しく、身分の高い御令嬢が聖女に相応しかろうと思いますのに。


 クリフトン殿下の婚約者にしてもペイズリー様の方が……クリフトン殿下は素敵な方でありますけれども。

 ぽっ。


 お妃教育はほぼ終わっています。

 先生方は私が優秀だと褒めてくださいますが、違うのです。

 恩寵のおかげで正解がわかってしまうだけなのです。


 学校卒業後には、神力発揮のために特別な講義を設けてくださるとのことです。

 が、多分必要ないと思います。

 まだ誰にも言っていませんけれども、自然と治癒などの術が使えるようになっているのです。

 まことに恩寵とは驚くべき神様の御力だと思います。

 私などにはもったいないです。


 卒業まで一年を残して、ペイズリー様が隣国に留学されると聞きました。

 志の高いペイズリー様らしい選択だと思います。

 ついては国を背負うことになる私を、お食事に招待してくださるとのことでした。

 ペイズリー様の料理を御馳走していただけるなんて!

 本来ならば私の方がペイズリー様を祝って差し上げないといけないのに。

 もっとも所詮男爵家の娘である私に、公爵家の御令嬢であるペイズリー様に何かができるわけではありませんが。

 ああ、ペイズリー様の料理が楽しみですね。


          ◇


 ――――――――――公爵令嬢ペイズリー視点。


 ふっふっふっ、ついに手に入れましたわ!

 食べるとネズミになってしまう呪いの薬ですわ!

 聖女ラリアの食事に混ぜて、ネズミにしてやるのですわ……なんちゃって。


『毒ではないのですね?』

『毒ではないよ。無味無臭だ』

『どれくらい食べさせればいいんですの?』

『効果に個人差はあるが、匙一杯も食べさせりゃ一〇分でネズミだな』

『無味無臭なら、匙一杯料理に混ぜこむことは難しくないわね』

『間違っても試食なんかしちゃいけないよ。効果は一生だからね』

『そんなことしませんわ』


 魔法薬屋のおばばは効果を保証していましたが……まあこんなものの効果は話半分ですわね。

 本当にネズミになる薬なんて、常識で考えてあるわけがありません。

 効き目があったとしても、せいぜい本人の精神状態や行動がネズミっぽくなるということなのでしょう。

 恵まれた聖女ラリアへのちょっとした意趣返しというか、モヤモヤをぶつけたい乙女心です。


 あっ、聖女ラリアが来ましたわ。


「お招きいただきありがとうございます」

「よくいらっしゃいました。寛いでいってくださいね」

「ありがとうございます。ペイズリー様の料理を御馳走していただけるなんて嬉しいです」


 くっ、相変わらずこの子はニコニコしてっ!

 神様はこういうところを気に入って『聖女』にしたのかしら?


「冷めない内におあがりなさって」

「はい、御馳走になります」


 わたくしもいただきましょう。

 ふむ、いい出来ですね。

 わたくし自身が材料を吟味して下拵えし、シェフには綿密に指示してありますので当然ですけれども。

 聖女ラリアも満足しているようですね。


「ペイズリー様は隣国モルフィエに留学すると伺いました」

「そうね。モルフィエは交易の国ですから」


 商業については学ぶことが多い国です。

 また珍しい食材が多く入りますので、わたくしの恩寵『調理』を生かせる機会も多いのではないのでしょうか。

 わたくしはやります、わたくしはやります!


「ペイズリー様の向上心は素晴らしいです!」


 はっ、つい熱く語ってしまいました。


「何を仰っているのです。ラリア様こそ聖女として王太子妃として尽力せねばならぬ身でしょう?」

「そうではありますけれども……」


 どうしたのでしょう?

 いつもニコニコしているラリアが、これほど不安そうなのは初めて見ますね。


「私が聖女なんて分不相応だと思います」


 わたくしもそう思いますけれども。


「ペイズリー様が聖女たるべきだったと思うのですよ」


 わたくしもそう思いますけれども。

 はっ、聖女ラリアもわたくしこそ聖女に相応しいと考えていたのね?

 何ていい子なの!

 いえいえ、あなたは我が国の将来を担う聖女ではありませんか。

 弱気ではいけません。

 元気付けておかねば。


「弱気になってはいけません。あなたはクリフトン殿下を支えなければいけない立場なのですよ?」

「そ、そうでした」

「しっかりなさい」


 あっ、顔が赤くなった。

 クリフトン殿下を好いているのね?

 殿下はハンサムですしお優しいですし素敵ですもの。

 聖女なんて現れなければ、わたくしがクリフトン殿下の妃だったのにい!

 やっぱり聖女ラリアなんて嫌いです!


「最後、デザートです」

「テリーヌですか? 美しい切り口ですね」

「甘酒漬けレーズンのチーズテリーヌです。自信作ですのよ」

「ペイズリー様の自信作……ごくり」


 聖女ラリアの目が釘付けになっています。

 実はこれこそが呪いの薬入りの一品です。

 聖女ラリアが口にし、動きが止まります。

 バレた? 無味無臭なのではなくて?


「お、おいしい……」


 違いました。

 おいしさに感動しているだけだでした。


「そうでしょう。レーズンは二年も漬けてあるものですし、チーズはカマーフォード公爵領で今生産に力を入れておりますからね」

「ありがとうございます! 私、幸せです!」


 目がウルウルしています。

 な、何か罪悪感が……。


「はあ、堪能いたしました」

「喜んでいただけてわたくしも嬉しいわ」

「特にデザートのチーズテリーヌが絶品で、ペイズリー様が帰国されたらまた御馳走になりたいです」


 ラリアがハッとした顔になります。

 今になって薬が?


「ご、ごめんなさい。私こそ旅立つペイズリー様のはなむけに……」

「いいのよ。わたくしこそ去らねばならない故国が気がかりなのですから。聖女であるラリア様が元気になってくれると嬉しいわ」

「はい、私頑張ります! そしてペイズリー様の幸せのために今晩祈らせていただきます!」


 聖女ラリアは何度も頭を下げながら帰っていきました。

 基本的にいい子なのよね。

 聖女でさえなければ……いえ、わたくしにそう思わせるくらいだから聖女なのだわ。

 結局わたくしは聖女ラリアに嫉妬しているだけに過ぎないです。


「……呪いの薬も効果がなかったようですしね」


 当たり前でしたか。

 いかにもな雰囲気の魔法薬屋のおばばでしたので、ひょっとしたらと思いましたが。

 聖女ラリアに供したテリーヌの皿のジャムを指に付け、ペロッと舐めてみました。


「うん、味には全く影響がないわ」


 高価な薬だったけれども、騙されてしまいましたね。

 いえ、今日の食事会を裏から彩る隠し味にはなりましたか。


「ん?」


 足の腿辺りがゾワゾワします。

 毛が生えてきた?

 あっ、まさか!

 お、お尻がモゾモゾします。

 し、尻尾だ!


「お嬢様、湯浴みのお時間です」

「き、今日はいいわ。疲れてしまいましたので、もう寝ます」

「ではお部屋にお供いたします」

「いいえ、結構よ。少し考えたいことがあるから一人にして」

「わかりました」


 侍女を下がらせます。

 ああああ、どうしてこうなった?

 鼻までムズムズします!

 試食するなとは言われたけど、ジャムを一舐めしただけなのに!

 あっ、そういえば結構な量薬を入れたわ。

 混乱しながら自室に戻ります。


「ど、どうしよう……」


 わたくしの身体に起こった変化といえば、下半身の発毛と尻尾が生えたこと。

 鼻が尖って黒くなり、耳が大きく丸くなったこと。

 まさにネズミ人間だわ。

 鏡で確認して、これはこれで可愛いと思ってしまったけれども。


 あの呪いの薬は本物だった!

 ジャムを一舐めしかしていないからこの程度の効果ですんだのでしょう。


「な、何であの子は平気だったのでしょう?」


 聖女だから?

 よくよく考えてみれば、聖女に呪いなんか効くわけがない気がしてきました。

 全てを浄化できる存在だからこそ聖女なんですもの。


「と、とにかくこのままではいけません」


 『効果は一生だからね』という、魔法おばばの言葉が心にのしかかります。

 ああああ、そうでした!

 自分のバカさ加減に頭を抱えます。


「も、もうこうなったら失踪して、ネズミの獣人の料理屋として暮らしていくしかないのかしら?」


 結構楽しそうと思ってしまいました。

 でもとてもムリです。

 顔はわたくしの面影を十分に残していますし、所作やクセや声が変わるわけでもありません。

 絶対にバレてしまいます。

 何よりクリフトン殿下の婚約者である聖女ラリアに一服盛ったことが知られたら、家にまで迷惑がかかってしまう。


 やんなきゃよかっただろうがって?

 まさか本物の呪い薬だなんて思わなかったんだもの!

 もし本当に聖女ラリアがネズミになったら、それはそれで誤魔化せると思ってたし!


 仕方ありません。

 専属侍女にだけは事情を話して魔法おばばを呼び、対策を……。


「……えっ?」


 突然白い光に包まれました。

 こ、これは神力による祝福? 浄化?

 そうだ、聖女ラリアはわたくしの幸せのために今晩祈ると言っていました。

 神力発揮のための特別講義はまだのはずでしょう?

 もうこんなにすごい力が使えるの?


「元に戻った……」


 光が収まった後、鏡で確認したら、ネズミっぽい身体の特徴はすっかりなくなっていました。

 おそらく神力で呪いが消えたからでしょう。

 安堵のために体が震えます。

 ああ、ラリアは何ていい子!

 やっぱり紛れもなく聖女なのだわ!


「わたくしも留学でしっかり学ばねばなりません」


 自分自身に気合いを入れます。

 交易の国モルフィエで学ぶことは、チーズテリーヌの完成度を高めてくれるはず。

 聖女ラリアが気に入ってくれたチーズテリーヌを改良して、もう一度食べさせたいのです。

 無自覚のままわたくしを救ってくれたお礼のためにも。


 ……ネズミ化した後遺症かしら。

 何故かわたくしもチーズが気になってしょうがなくなってしまいましたし、ね。

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