好きに言い訳はいらない

ひろたけさん

第1話

 同級生の男、なべけんのことを好きであることを自覚した俺、朝倉あさくらりょうへい十八歳。


 どうする、俺。


 初めて好きになった相手は、今まで三年間クラスメートでありながらほとんど会話らしい会話もしたことのない男だ。普通に考えて非現実的なはずの事象が起こっている。


 これは、俺の脳内のバグじゃないのか? 受験勉強のしすぎで疲れて正常な判断が出来なくなっているんじゃないだろうか。一時の気の迷いに違いない。


 俺はそう自分が生んだ感情に理由付けをしようとした。田辺への恋心を否定する言い訳をあれこれと考える。


 でも、このまま田辺への恋心をただの勘違いで済ませることに抵抗がある。本当はこの恋を認めることも否定することもせず、目を背けていたい。


 でも、もう一週間も田辺の告白への返事を先延ばしし続けて来た。これ以上先延ばしにして、田辺に愛想を尽かされたら……。


 そう思うと、居ても立ってもいられず、俺は放課後に田辺を呼び止めた。


「田辺! ちょっとこっち来て」


 俺は人気のないプールの横の空き地に田辺を連れ出した。


「えっと、その……」


 呼び出したはいいものの、何と切り出したらいいのかわからない。


「あ、あのさぁ。今日の数学の宿題なんだけど……」


 俺は言うに事欠いて、勉強が苦手な田辺に勉強の話題を振るという愚行に出た。田辺の眉間に皺が寄る。


「そんなこと、俺に聞くなよ。他にもっと適任のやつがいるだろ」


 ごもっとも。


 ここで会話が途切れる。気まずい。何か新たな話題を見つけなくては。


「ええと、ええと、あ、そうだ! バイトは順調か? 貯金溜まってる?」


「別に問題ねえけど」


「……そっか……」


 再び会話が途切れる。


 ああ、こういう時、共通の話題が何一つない関係って困るな、おい!


「もう、いいよ。気を遣わなくて」


 容量の得ない俺に愛想を尽かしたらしく、田辺が切り出した。


「俺の告白が朝倉に受け入れて貰えるなんて、俺、思ってねえから。本当は断りたくて俺を呼び出したんだろ? 当たり前だよな。男に告られたって、普通は困るだけだ。迷惑かけたな。すまん」


 田辺はボソリと言ってその場を立ち去ろうとした。


 違う! そういうことじゃないのに。


 俺はそれまでにうじうじと田辺を呼び出した言い訳を連ねていたことも忘れ、夢中で田辺の腕に縋り付いた。


「俺は、田辺のことが好きだ!」


 田辺の足が止まった。怪訝な顔をして振り返る。


「え? 何だって?」


 理解力の悪いやつ! こんな恥ずかしいセリフを繰り返させるなよ。


「だ、だ、だから、俺は田辺のことが好きなの!」


 俺は恥ずかしさを押し殺すため、最早絶叫に近い大声を上げた。田辺はポカンとしたまま、俺の顔をじっと見下ろしている。


 俺は恥ずかしくてたまらず、


「ごめん。帰る」


 と言い捨てて逃げ出そうとした。


 その次の瞬間、俺は田辺の腕の中に抱きすくめられていた。こんなに固い抱擁があるのかと驚くほど、田辺は俺の全身を力いっぱい抱き締めていた。


「た、田辺……」


「朝倉、俺、夢を見てるんじゃないよな?」


 田辺の声が震えている。俺もそう言われると、この状況に今一現実感がない。


「ゆ、夢じゃないだろ、たぶん」


「だったら確かめさせろ」


 田辺はそう言うなり、俺の唇を奪った。


 熱い。そして極上に甘い。


 田辺に初めてキスされた本屋の前での事件の時よりもずっと、俺は田辺の体温を、唇と唇を通して伝わって来る愛情をこの身に直接感じていた。


 田辺は俺の唇から離れると、潤んだ瞳で俺を慈しむように見つめた。


「うん。夢じゃないみたいだ」


 そして、その言葉を噛みしめるように、大切に大切に口にした。


「俺も好きだよ、稜平」


 色っぽさ全開で下の名前を呼び捨てにされた俺は、背中がゾクリと反応し、身体の奥から熱が込み上げて来るのを覚えた。


「う、うん。ありがとう、健太」


 俺もぎこちなく朝倉の下の名前を出会って初めて口にする。それを聞いた健太の顔いっぱいに太陽のように眩しい笑顔が満ちたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きに言い訳はいらない ひろたけさん @hirotakesan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ