extra scene ネイティブ・ギャンブラー
「よかったんすか、ボス。あんな……」
ヘンディーはそこで言葉を濁したが、言いたいことは分かった。あんな確実でない勝負を持ちかけて、せっかくの戦利品を手放してしまうなんて、と。
カポーニは微笑み、表のままの“猛進”をつまみ上げた。
「なに、たまには純粋な勝負も悪くないものだよ」
さすがは北国、と心の中だけで思う。おそらくあの男は、自分のほうが負けやすいということを理解していただろう。だというのに躊躇なく飛び乗り、そして勝利をもぎ取っていった。
(だだをこねるようだったら、もっと勝率の低いゲームを押しつけてやるところだったんだが)
真っ直ぐ突っ込んできたせいで、イカサマを仕込む暇すらなかった。
(……仕込んだところで、見破られていただろうね)
北国の人間の目の鋭さはよく知っている。
眼鏡をかけ直し、鼻で笑う。
「それに、全体の収支はプラスだ」
本当は、空き巣に盗られた物を取り返させてくれた、その単純な報酬としてブローチを渡してよかったのだ。つまり、あの賭けはただの茶番。軍警を連れてきたから、ついでに手駒を増やせたらラッキーだと思っただけで、こちらが負っているリスクはゼロだったというわけだ。そうでなければ賭けなどしない。
カードをケースにしまい、ケースを引き出しにしまう。入れ違いに木箱を取り出した。大判の本を三冊重ねたくらいの大きさの、長方形の木箱。蓋を開けると青色の光があふれ出した。
溜め息。
「まったく、素人の空き巣にここまでかき回されようとは」
空き巣が価値を理解していたかは分からない。いや、おそらく何も考えず、ただ美しい宝石と思って持っていったのだろう。これらが青色魔石であるとは知らず。
結界構築に必要不可欠な青色魔石。鉱脈が見つかろうものなら、すべて王国の管理下に置かれ、立ち入りはおろか見学すら厳重に禁止される。しかしこれがいい金になるのだ。熱心な収集家もいれば、闇の奥で研究を重ねる魔法使いもいる。そういう連中は金に糸目をつけない。この一箱だけで数千万を生み出すとなれば、多少のリスクは覚悟するだけの価値がある。
無論、法には触れているわけで、違法所持だけでも発覚すれば数年は牢獄から出られなくなる。それに加えてカポーニたちは、盗掘者たちと違法売買のルートをつないでいた。帳簿も当然残っている。盗掘者たちはいずれ捕まると踏んで、こちらが巻き込まれないよう慎重に慎重に事を進めていた。そのために支払った費用も相応の額になったが、それを差し引いてもこの三ヶ月の儲けは五年分に相当する。思いのほか早く盗掘が発覚してしまったが、そのおかげですでに一部が売られた後だとは気付かれなかった。不幸中の幸いと言えるかも知れない。
そして、この一箱が最後だったのだ。それを空き巣に盗まれた。売りに出す直前、たまたま普段よりセキュリティーの低い金庫に移した瞬間のことだった。
先に軍警が青色魔石を押さえていたら、と思うとぞっとしない。違法所持の発覚から違法売買まで掘り当てられてしまったら、いかな商会といえども一巻の終わりである。
元通り蓋を閉じて、前に押し出す。
「すぐに売り払え。多少安くても構わん」
「うっす」
ヘンディーが箱を抱えて出ていく。
一人になった部屋で、カポーニは葉巻の先を切った。火をつける。
(……なんとも懐かしいことだ。あの、北国の、氷の瞳――)
古い、古い、遠い昔の一幕を、カポーニはゆるゆると思い出す。まだ若く、汚れを知らなかった頃の自分を。その頃に知り合い、そして失った、唯一の親友のことを。
(――私も歳を取ったな)
思い出に浸るのも、若さにほだされるのも、老いた者の特権だ。
椅子の背にもたれかかり、ゆっくりと息を吐き出す。
紫煙は雪のように、綺麗なまま溶けて消えていった。
fin.
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