【KAC20236】「おれ史上最高の『アンラッキーセブン』」
水ぎわ
第1話 「プロポーズさえ断られた男に、世界を救えるか?」
たとえ家業が何であれ、人は自由に生き方を決められる。
親が魚屋でも弁護士でも、自分がやりたいことを選べるはずだ。
そう、たとえば家業が『世界を救うこと』であっても。
おれ、矢野ロク。1年のうち364日はただのリーマンだ。
だが3月7日だけは、別。
この日、おれは『世界中の不運』を引き受けることで、世界を救うんだ。先祖代々、そういう事に決まっている……。
七年前、おやじが病気で死ぬとき、おれを呼んだ。
『いいか、ロク。年に1日、たった1日だけ不運を浴びることで、世界のバランスが保たれる。
わが矢野家は世界を保つ使命を天から授かっているのだ。
避けるな、逃げるな。
それがおまえの使命だからだ。
いいか、来年の3月7日、『アンラッキーセブン』を頼むぞ……』
以来、おれが『アンラッキーセブン』に、世界中の不運を引き受けている。
正直、めんどうだ。
だっておれに降りかかる不運は、ほんとに小さいんだから。
自販機に金を入れてもコーヒーが出てこない、とか。
タンスの角に足の小指をぶつけるとか。
菓子のパッケージが妙な角度で破れ、ポテチが床に全ぶちまけになる。
昼めしにでかけたラーメン屋が4軒続けて『臨時休業』。
……そんなもんで世界が救われるか??
あほらしい。全部迷信だよ。
だから、今年の3月7日は世界を救わないことに決めた。
理由は付き合っているユイにフラれたからだ。
『えー。ロクと結婚? できるかなあ?』
……くそ。こっちは一大決心で告ったのに。
自分の恋さえどうにもできない男が、なんで世界を救わなきゃいけない??
だから、日付が変わり3月7日になった瞬間、おれはベッドから一歩も出ないことに決めた。
世界なんて、ぶっつぶれりゃいい。
枕元でスマホがうるさく鳴っている。
今日はSNSも見ない。通知をオフにしようとして、びっくりした。
ユイからの電話だ。おれをフった裏切り女め。
「なんだよ、ユイ?」
「ニュースみた!? まさか通勤途中じゃないでしょうね?」
「今日は有休とってる。ニュースって?」
テレビをポチ。
目を見張った。ひっくり返っている電車、線路上を歩く人の群れ。なんだこりゃ?
「史上最悪の電車事故だって。ロクの通勤電車だって気づいて……時間もぴったりでしょ?」
「ああ……いつもの電車だ……」
「とにかく無事でよかった。大事故だけど、被害は軽いケガだけみたい。それより有給って、体の具合が悪いの? そっちへ行こうか?」
「いや……たいしたことじゃない……ユイ?」
「なによ」
「今日はうちにいろ。だって世界が……」
言いかけて、やめた。
『世界が滅びるかも。理由は、おれが世界中の不運を引き受けないから』
なんて、まともな奴が言うか?
黙るうちにユイが言った。
「じゃあ、仕事だから。行くわね」
電話は切れた。
おれは茫然としてテレビを見つめる。
あれは……おれのせいか?
そんなばかな。
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