シューティングスター
果てしなく広がる海を疾走する狂気の島では、二手に分かれた男たちが手に汗握りボールを蹴り合い、得体の知れない野獣のような怒号と歓声に沸いていた。
そびえ立つ艦橋の下、俺は腕組みをして虚無を
ひとりが「あっ」と空を仰いだその瞬間、これが言葉かと疑うほどの言葉が吐き出され、点々と染みを残して転がるボールをのたうち回って追いかけていく。
来るな。
やぁ参ったな、そいつを返してくれよと苦笑いする彼らの顔は、幾度となく繰り返した夢を経て綺麗になった遠い記憶を映し出したようだった。
だがな、ここは戦場だ。
「ほら、パス、パス」
彼らの期待と要求に、俺は応えることが出来なかった。ふっと落とした視線が意図せず重なってしまったからだ。
ボールは、敵の生首なんだ。
奴が乗った戦闘機は巨大な爆弾を提げたまま、俺たちの島へと突っ込んできた。雨のような銃弾と雪崩のような砲弾を浴びせ、翼を胴をプロペラを削っていった。
当たれ、当たれ、爆弾に当たれ。
砕け、弾け、火を吹きながらも操縦桿を手綱にし、弾幕の隙間に爆弾を沈ませていた。狙うは俺の持ち場の背後、この真下にはエンジンがあり、当たれば船は火柱を上げて海の藻屑と消える。
馬鹿が、この先は地獄だぞ。
三秒でいい、待っていろ。俺が楽にしてやる。
俺が放った弾丸が、翼の付け根に穴を開ける。瞬間、満身創痍の戦闘機は真っ赤な身体を新たに得、紅蓮の翼を踊らせた。
大事に抱えた卵が孵り、親子ともども四散して火の雨、鉄の雨に混じって血の雨、そして肉の雨が甲板に降り注いだ。
そうして落ちてきた生首だった。
虚ろな目、乱雑に垂れた鼻血、ポカンと開いた口を見下ろして、銃座を傘に砲台を盾にした仲間たちは勝利と憎悪に嘲笑い、そいつをポンと蹴り上げた。
「拾ってくれって言ったじゃないか」
「すまない、ボール遊びはわからないんだ」
「ボールで遊ぶより、弄ばれるほうが好きってことか」
生首を拾い上げ、スローイングする彼らをぼんやり見つめて、この戦いは狂ったほうが勝つのだと確信した。
奴を楽にしてやろうと同情し、何も映さない瞳に躊躇う俺が真っ先に死ぬのだろう。
船橋から甲板へ、歓喜が走った。
「空軍が都市を丸ごと灰にしたぞ、我が軍の勝利は目前だ」
彼らは夢中になっていたサッカーをやめ、諸手を挙げて歓声を上げた。ハイタッチをして、抱き合って、愛する男とキスをして、涙は一粒も流れなかった。
相手は白旗を上げるだろう。回頭して国に帰れと命令が下るのか、それとも進路を変えず負けた国を支配するのか、いずれにせよ狂ってしまった俺たちは、
帰りを待っていた家族、無事を祈ってくれた友人、愛した人、愛された人。俺たちは彼らと以前のように接することが出来るのか。
失意の軍人、むせび泣く市民、焼け跡を彷徨う女子供に、俺たちは何をするのだろうか。
舵は切られず、大海原を真っ直ぐ走る。仲間のひとりが海に向かいボールを蹴って、どんな女が待っているかと醜く口角を吊り上げた。
灰にしたのは街じゃない、無数の人間を焼き尽くしたのだ。
女は俺たちを待っていない、まだ見ぬ凌辱に恐怖し震えているに違いない。
撃ち落としたのは戦闘機じゃない、愛する人のために命を捨てた戦士なんだ。
その戦士を撃ち落としたのは、この俺だ。
「敵機襲来、敵機襲来、各自配置につけ」
敵に同情している俺に、戦う資格などあるはずがない。それでも銃座について照準を定め銃爪を引く、これが戦場というものだ。
銃弾の嵐が空へと吹き荒れ、たった一機に襲いかかる。今度の奴はちっとも逃げようとしない、こいつも狂っているのかとスコープを覗いた。
速い、速すぎる。
こいつは普通の戦闘機じゃない、ミサイルだ。人間が乗ったミサイルなんだ。
弾幕が機体を削っていくが、あまりの速さにその勢いは収まらない。弾薬が詰まった鼻っぱしに撃ち込んでやろうにも、炎に包まれたミサイルは俺を炭にし甲板を抜き、この船を内から焦がすだろう。
ほら、やっぱり俺が真っ先に死ぬ運命だ。
苦しまないようにと気遣った俺の負けだ。
俺たちよりも狂ってしまったお前の勝ちだ。
もし生まれ変わったら、俺は戦場で狂っていられるのだろうか。
俺は正気を保ったまま粉々になり、ひと欠片も残らないほど焼き尽くされた。
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