理想の体

 2XXX年、男はある店の窓口で説明を受けていた。


「ここに名前と住所を書けばいいのか?」

「はい。こことここと、それからここですね」


 美人な女スタッフに記入箇所を指示されながら男は記入を進めていく。


「ほんとにこれで”腕”が手に入るんだろうな」

「ええ、もちろんです」


 男は右腕がなかった。幼いころに交通事故で腕をなくしたこの男にとって腕を手に入れることができるというのは願ってもないことだった。


「そういやこの”腕”って機械の腕だろ?俺の体に機械が刺さってるみたいで不気味じゃないか?」

「いえ、実際に装着した際は、自動適応ホログラムによって元の素肌と同化するので他の方から気づかれることはありませんよ」


 そういいながら女は袖をめくりあげ、きれいな肌をした腕を取り外して見せた。


「私も実は腕と足つけているので—」


「おお、じゃあ安心だ」

 男はそそくさと席を立ち、店を出ようとする。

「商品のお届けは一か月後ですのでよろしくお願いします。またのご来店をお待ちしております。」

 男は陽気に店を去った。



 一か月後、男の家のインターホンが鳴る。


「お届け物でーす」


 元気な配達のお兄さんから荷物を受け取ると、意気揚々と開封を始める。男が箱を開けると”腕”が入っていた。


「ええと、これがアタッチメントでこれがこうで…」

 

男が肩に腕をはめると同時にガチャンと音がした。

「おお動くぞ!」


自分の体に同化した”腕”を動かして大人げなく男はしゃいだ。男の”腕”は手先が器用に動き、重いものを軽々と持ち上げることもできたので男の行動範囲はどんどんと広がっていった。やれることが増えると人から頼られることが増えていき、どんどん人助けを行うようになった。


「もっと遠くの人たちの役にも立ちたいんだけど、移動時間がなあ」

 

男が悩んでいると、”腕”を購入した店のチラシが目に入る。

『私は腕と足をつけているので―』あの店員の言葉を思い出して男は両足ともう片方の腕を購入することに決めた。



 また一か月が経ち、届いたものを装着すると男はまた子供のようにはしゃいだ。”足”はどんな乗り物よりも速く走れ疲れず、”腕”はなんでも持ち上げられるパワーと握力を手に入れた。男はとにかく力を見せびらかして称賛されるために日本中を走り回った。


「みんなが俺を必要としてるんだ」


 いつしか男はその言葉を口癖にしていた。

 もっといっぱいの人を助けたら、より称賛されるのだろうか。いつしか男はそればかり考えるようになった。


「もっと多くの人…そうだ!世界中回ればもっと多くの人にちやほやされるだろ!」

 男は一人で叫び、あの店のスタッフに電話を掛けた。

「世界中の人にちやほやされたいんだがどうすればいい!」

「世界中ですか?それならまず、英語などの外国語を身に着けてみてはいかがですか?」

「英語!英語か!どうすれば今すぐ英語話せるようになるんだ!?」

「まあ、落ち着いてください、あとは外国を飛びまわるのなら病気に気を付けたほうがいいですよ」

「病気にならない方法はあるのか!?あと英語もだ!」

「えーと、体の本体を機械に変えてしまうと病気にはならなくなりますし、英語は脳みそを機械に入れ替えるとどんな言語でも話せるようになりますが―」

「じゃあそれ全部やってくれ1」

「…本当にいいんですね?」

「ああ!よろしく頼む!」


 男は一方的に電話を切ると、喜びを体いっぱいで表現しながらまた次の人助けへと向かった。



 一か月後、男はワクワクしていた。どんな理想の体になれるのだと考えながら過ごしていると一通の手紙が届いた。どうやら頭の交換はだけはお店で行わなければいけないらしくいつでもいいから店に来てくれという内容だった。


男はその手紙を読み終えたとたんに家を出た。自慢の速度で店にはすぐについた。


「来たぞ!」


 店中に響き渡る声で店員を呼ぶ。


「あら、早かったですね」

 奥から出てきた店員に対して男は早くしろと催促する。

 手術室に入ると、店員は男に最終確認をした。


「本当にいいんですね?もう戻れませんよ?」


 男は一切の迷いなくうなずいた。


「では、始めます」


 その言葉を聞くと同時に男の意識が失われた。



 男が目を覚ますとそれをわかっていたかのように女スタッフが笑顔で部屋に入ってきた。


「どうですか調子は?」

「もう変わっているのか?」

「ええもちろん」

「じゃあ俺はもう行かないと」

 

男がベッドから体を起こそうとすると、女スタッフはスッと無表情になる。


「だめですよ?だってあなたもう死んでますから」


「は?何言ってんだ、今あんたと話してるじゃないか」

 

男は頭に疑問符を浮かべる。


「だから、あなたもう人間じゃないですので—」


 女は手に持った端末を操作する。


「工場出荷モードへ移行」

「だから何言って—―はい。工場出荷モードへ移行します」


(は?何言ってんだ俺。おい、しゃべれねえし動けねえ!)


男は自分の体をどう頑張っても動かすことはできなかった。



「じゃあ、出荷しますね、皆さんのお役お役に立てるよう頑張ってくださいね」

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理想の体 @Acacia_QvQ

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