ノーアウト満塁から点は入らない

鈴木怜

ノーアウト満塁から点は入らない

 居酒屋には色んな人が来る。

 とりわけ、個人経営の店であればなおさらだ。

 チェーン店には行かないで、なじみのところに入り浸る人間も決して少なくない。

 もちろん、当たり外れというものはあるのだけれど。

 つまりだ。カウンターで今呑んでいる私に言わせてみればだ。


「だあああああああ石崎いいいいい」


 隣の男は正直なところだいぶ外れかもしれない。


「ノーアウト満塁だぞおい!? なんでそんなボール振ってポップフライにするんだああ!?」


 この男、さっきから店内のテレビにかじりついてはずっとこんな調子である。

 今日、この店にしたは失敗かもしれないと思いながらちびちび呑む酒はそんなに美味くなかった。


「頼むぞ南野ォ!」


 どうしてぐちぐち言ってる男の隣で呑まなきゃならんのか。居酒屋なんてそんなものだと言われたらそれまでではあるのだが、なんだか納得いかなかった。

 テレビを見れば、野球中継が流れている。

 私が応援しているチームのピッチャーが投げていた。

 ワンアウト満塁、大絶賛ピンチであった。


「……おうおう」


 察するに、バッターが南野なのだろう。

 三振してしまえ、と心の奥で願いながら、私は肴を口にした。

 ピッチャーが初球を投げる。なかなか悪くないところに入った。ストライクだ。

 よしよし。いいぞ、と内心ほくそ笑む私。

 反対に、隣の男は頭を抱えていた。

 ピッチャーが二球目を投げた。

 南野が打った。

 私たちは共に画面から目が離せなくなっていた。

 ボールが飛んだ先は……セカンド。ゴロを処理して二塁に投げる。ショートがそれを捕球して、すぐさまファーストに投げた。こうなると南野とボールのどちらが先に一塁に着くかの勝負だ。ファーストが捕る。

 審判は……アウトだ。アウトのサインを出した。


「だあああああああああああ!!」


 男が吠えた。


「ノーアウト満塁から点が入らないとか悲しすぎるにも程があるぞ!」

『七回の表、無得点に終わりました……』


 実況はそれからチーム名とかその他諸々を言っていた。


「ラッキー7だあ!? アンラッキー7じゃねーか!」

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ノーアウト満塁から点は入らない 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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