第26話 デート

 「お帰りなさい、お兄ちゃん。巧さん達と会うの久々だったから楽しかった?」


 自宅に着くと陽菜が玄関に出てきた。


 「まあまあ」


 「そうなんだ」


 そんな陽菜を置いて先にリビングに行き鞄を置くとソファーに腰掛ける。


 「陽菜、お前なんか欲しいもんあるか」


 隠れてこそこそと探るのも面倒くさくて直接聞いてみる。


 「欲しいものか。えっと、お兄ちゃん」


 「おい、そう言う冗談はよせ。全然笑えねえっつうの」


 陽菜を睨みつける。


 「うん、ごめんなさい。あのね、お兄ちゃんがくれるものなら何でも嬉しいよ」


 「何でもってな。と言うか、俺がやるとは一言も言ってねえぞ」


 一応、陽菜には内緒で用意するようにと言われてたのをすっかり忘れてしまっていた。


 「晴が、お前が誕生日だからなんかやりてえから聞いて来いって言われてな」


 「そうなんだ。お兄ちゃんがくれるのかと思っちゃった。そんなわけないか。えっと、じゃあ、物はいらないから歌って欲しいな。誕生日の歌。また、お家に巧さんや晴さん、後奈々さんに九条くんも呼んで、みんなで歌って欲しい。それだけで嬉しいから」


 陽菜は少し寂しそうに微笑む。物で欲しいものは特にないと言う事か。それなら仕方ないし、何か適当にネックレスでも買うか。


 「わかった、今度呼ぶから」


 「うん、陽菜楽しみだな。お料理作らなくちゃ」


 無理矢理楽しそうにしている陽菜を見る。俺はそんな陽菜を流し、見る事をやめた。


 数日後、陽菜の誕生日がやってきた。自宅には巧と奈々、晴に九条が来て、俺が陽菜を部屋から連れ出す計画になっていた。


 「陽菜ちゃん、仁とデートしておいでよ」


 「おい、巧、そんな言い方すんなよ」


 陽菜は恥ずかしそうに俺の顔を見てくる。


 「あれ、じんじん、知らないの。兄妹でもデートって言い方もするんだから。親子デートに兄妹デート、それに姉妹デート」


 「ああ、もう。わかったよ。行けば良いんだろうが行けば。ほら陽菜、行くぞ」


 陽菜の腕を掴み玄関に向かう。


 「じんじん、ゆっくり楽しんでくるんだよ。絶対に夕方まで楽しんで来てね」


 「ああ」


 晴のそんな言葉に返事をして外に出る。


 「お兄ちゃん、良いのかな。陽菜、せっかくお料理しようと思ってたのに」


 「ああ、良いんだよ。別に。今日はそんな事気にすんな。それより、何処行きたい?」


 後ろめたそうに自宅マンションを見る陽菜に聞くと、うん、そうだねと言って俺の腕に抱きついてきた。


 「抱きつくな。うぜえ」


 「だってさっき、奈々さんと巧さんがせっかくのデートなんだから、腕に抱きつくぐらいしておいでって」


 また余計な事を言いやがって。だけど今日は陽菜の誕生日、少しぐらいは我慢するか。


 「陽菜、俺達は兄妹なんだからな」


 「うん、わかってるよ」


 陽菜は寂しそうに俯いた。そして俺は晴から、今日は陽菜ちゃんの誕生日なんだからね。ちゃんと優しくしてあげなくちゃ駄目だよ、じんじんと言われたのを思い出した。


 「くそが。仕方ねえな。陽菜、そんな顔すんな」


 「うん」


 そう言いつつもまだ俯いている。


 「ああ、もう。どうすりゃ良いんだよ。わかった、三つだけお前の言う事何でも聞いてやるよ」


 陽菜は嬉しそうな顔になり、俺を上目遣いで見てきた。


 「本当?」


 「ああ」


 陽菜の俺を掴む腕に若干力が入った。


 「じゃあ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの事、仁くんって呼んでも良い?」


 何を言い出す、突然。そんなの駄目に決まってる。


 「それは駄目だな。それ許したらお前、調子乗るだろ」


 「乗らないよ。お兄ちゃんの嘘つき。何でもって言ったのに」


 陽菜がまた悲しそうに俯いてしまった。


 「ああ、もう、面倒くせえな。好きにしろ」


 「うん、好きにする。仁くん」


 初めて陽菜に名前を呼ばれて胸の鼓動が少し早くなるのを感じた。


ー続くー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る