深夜の散歩で起こった出来事③

麻倉 じゅんか

本編

 …………。


 闇の中にいた。


 何も見えず。

 何も聞こえず。

 何も感じず。


 何も苦しまない。何もつらくはないが……そこには何もなかった。


 暖かくてふんわりと心地良い空間に俺(の意識)はいた。

 もう、このままでいいよな……。俺は眠り続けようとする。



「……しんご! しんご!」


 どこからか、俺を呼ぶ声がした。

 体が揺れている。

 それで、やっと気づいた。俺は寝ているのか、と。

 ――誰かが近くにいる。誰だ?

 ただ、俺の敵じゃあない事は彼女・・の声色から分かる。本当に心配してくれている声だ。

なら、起きなきゃ。


 ――起きようとして気づいた。

 背中が痛む。


「くっ、ぐぐッ!」


 背中が痛くて、うめく。

 起き上がれない!


「しんちゃん!」


 ……懐かしい呼び名で呼ばれた。

 起き上がるのは諦めて、横たわった姿勢のまま、そっと目を開いた。




 目の前には、よく知った天井。

 外からオレンジ色の光が入ってきている。

 俺は、ベッドの上に横たわっていた。……ご丁寧に、掛け布団を掛けられて。


「俺は、いった……」

「! しんちゃん!」


 突然、懐かしい名前で俺を呼ぶ声がした。驚いてその主を探し、見つける。


「おば……」

「誰がオバさんだ! 私はあんたの従姉イトコ! い・と・こ だっての!」


 有子アンコ姉に思いっきりフェイス・ハガーでベッドに押さえつけられた!


「イエス! プリティ・シス!」

「うむ。分かればよろしい」


 何時もはこんな調子で、俺の名は呼び捨てのアンコ姉が、目に涙を浮かべて小さかった頃の呼び方をしてきた時には驚いた。

 けど元に戻った様で、よかった。



「あ……あの……」


 アンコ姉の向こうで、俺達のノリについていけず、オロオロしている深夜がいた。


「ああ、お前さんのお陰で信悟が助かった。

 ありがとうよ」

「あ、はい」


 深夜に感謝するアンコ姉。


「お前さん、名前は?」



 深夜は聞かれて、素直に全てを話した・・・・・・

 自分の名前だけでなく、月の女神だとか妖魔あやかしのことだとか。


 信じてもらえないかと思ったが、流石に変身する様子を見せられて、アンコ姉は信じてくれたようだ。


 そしてアンコ姉は言った。


「悪いが深夜、この家を出ていってくれ」

「!?」

「えっ!? なんでだよ、姉貴!」


 慌てる俺に対して、アンコ姉は冷静だった。


「落ちつけ信悟。

 深夜、あんたに信悟を助けてもらったのはありがたい。

 でもな、その原因となったのは、深夜が戦うべき妖魔あやかしじゃないか。

 そんなもの、今まで噂にも聞かなかった。そして今も、だ。現に妖魔あやかしどころか、食われて消えたサラリーマンとか、折れた掲示板だとか、噂にも聞かない。実際にそんな事があれば街の噂くらいにはなっているだろうに。

 そして、お前が、そんな得体のしれない存在を見かけるようになったのは、深夜が人になる術をもらい妖魔あやかしとやらと戦うことになってからだ。

 ……あとはもう、分かるな」


 言われてみれば、その通りだ。

 ――けれど、納得いかない。


「分かるかよ! 勝手な事ばかり言いやがって!」


 本当は分かってる。勝手な事を言ってるのは俺だ。ガキみたいな事を言ってるのは俺なんだ。


 けれど、家に独りっきりの俺に唯一、一緒に居てくれたのが深夜で……。

 その深夜と、奇跡的に互いに話せるようになって嬉しくて……。

 だから、ガキみたいに喚いた。


 そんな俺に、深夜が静かに寄ってきた。

 そして、そっと抱き寄せた。


「すみません、主様。

 私が分不相応な事を望まなければ、ずっと一緒に居れましたのに。私のせいで……」


 そして抱き寄せた時と同じくそっと離し、ゆっくりと、俺と間を置いた。


「主様。貴方に、幸運が訪れますよう……」


 そう言って深夜は猫の姿に戻り、窓の外から軽やかに飛び出していった。


「どうせ出ていくんなら堂々玄関から出ていけばいいのに」


 こぼれそうな涙を精一杯笑顔で抑えながら言った。

 それが今の俺に出来る精一杯の強がりだった。



「済まんな信悟。結局お前が大切にしていた深夜を追い払ってしまって」

「何、湿気た声出してんだ。姉貴らしくもない」

「お前もな」


 お互いに意地を張りあった。


「お前に嫌な思いをさせたんだ、1つぐらい言う事聞いてやるぞ。エロい事以外」

「……俺を勝手にアブノーマルという事にするな。第一、俺にだって選ぶ権利はある」

「ほう……珍しいお従姉ねえちゃんのいたわりを要らんと言うか?」

「じゃあ、課題の提出を延期してくれ」

「良いだろう。1日だけ待ってやる」

「いやそれ、元々の期限と一緒だから」

「いや、本当は今日中に提出だったんだよ」

「酷えなあ、従弟いとこは事故で倒れて動けなかったってのに」


 新月の翌日にほっそりと浮かぶ二日月ふつかづきの下、従姉弟同士の虚しい笑い声が響いていた。


 今は7月7日の夜7時。まさにアンラッキー7の日だった。

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深夜の散歩で起こった出来事③ 麻倉 じゅんか @JunkaAsakura

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