たかしが炎上ウイルスに感染してしまったんです!

ちびまるフォイ

最初に炎上ウイルスを広めた人

「ああ、先生! どうか、どうか息子を!」


「はやく集中治療室へ!!」


ストレッチャーが慌ただしく運び込まれる。


「先生、息子は……」


「ええ、間違いありません。国内ではじめての……」


医者はガンを告げるよりも重い口調で話した。



「炎上ウイルス感染者です」



母親は泣き崩れた。



炎上ウイルスに特効薬は開発されていない。

せいぜいが症状を遅らせる薬を投与しつづけるしかなかった。


応急処置だけ済ませてすぐに無菌室でカンヅメとなるも、

炎上ウイルスの強固な症状はすぐに薬の効果へ打ち勝ってしまう。


「先生! 先生たいへんです! 患者さんが!」


「ええいやっぱりか!」


看護師がその先の言葉を言わなくてもどこへ向かうかは察しがついた。

無菌室に向かうと、自撮り棒で撮影を続ける感染者が待っていた。


「いえーーい! 無菌室をどこまで汚せるかチャレンジーー!」


「や、やめろ! そんなことしても失笑しか得られない!!」


医者は必死に患者をおさえつけ、眠らせることで事なきを得た。


「せ、先生……この患者さん……」


「ああ。炎上ウイルスに感染すると理性がなくなる。

 迷惑動画を撮りたくてたまらなくなってしまうんだ」


「どうしてそんなことを……」


「炎上ウイルスがそうさせるのさ。

 他の人ができないことをできる自分がすごいと思うんだ」


「ひどい……治療法はないんですか」


「時間が解決すると信じるしか……」


医者は自分の力のなさにはがゆさを感じた。

今こうしている間にも若い人が、炎上により自分の人生をふいにしようとしているのに。


医者としてできることは鎮静剤を打っておとなしくさせることしかできない。


「医者は……なんて無力なんだ……!」



「お困りですかな」


「あ、あなたは!?」


「どうも。警察です。ここに炎上ウイルス感染者がいると聞いてきました」


「彼はまだ感染しているだけで、何もしていませんっ!」


「おやおや生ぬるいことを。

 ウイルス感染者は立派な犯罪者予備軍ですよ。

 さくっと逮捕しておきゃ牢屋で頭が冷えるもんです」


「それだと患者の人生のためになりません!」


「医者ってのは人の人生を導けるほど偉い仕事なんですかねぇ?」


「し、しかし……令状もないのに……」


「なあに。所詮は友達コミュニティでイキるだけのガキ。

 それっぽい書類を送ってやればおとなしくなりますよ」


警察はいやに固い表現をつかったおごそかな書類を作成した。

中には迷惑動画に関するいましめをしっかり書き込んでいる。


「炎上ウイルスの治療薬なんて不要です。

 ちょっと頭ひっぱたきゃ一発ですよ」


警察は得意そうに患者の復活を待った。

しばらくして鎮静剤のききめが薄れ始めると患者は目をさます。


「ああああ! むしょうに食べ物を粗末に扱いたいーー!!!」


薬の効き目がきれた患者は炎上しようと病院食を台無しにしようと動き出した。

そこに警察が介入しすぐさま取り押さえる。


「おい! いい加減にしろ! これ以上やると逮捕するぞ!!」


警察はふだんよりも強い口調で萎縮させようとした。

しかし、炎上ウイルス感染者にはむしろ逆効果だった。


「いええーーい! ついに警察が来ましたぁーー!

 証拠は? 証拠は?? 俺がいつどこで何したんですか?

 何時なん分何秒? 地球が何回まわったときーー??」


「このガキ……っ!」


「警察を論破しましたぁ~~!!」


今にも手錠を出そうとした警察を医者が止めた。


「やめてくださいっ、わかったでしょう!

 炎上ウイルスには逆効果なんですって!」


「一発殴れば……!」


「そんなことすればあなたが炎上ですよ!

 感染者はとにかく目立つのが目的なんですから火に油です!」


「それなら……この手はどうだ!」


つぎに警察は取り調べでよくつかう手法を駆使する。

外で待っていた両親をなんと病室に招き入れてしまった。


このサプライズ登場にウイルス感染者も面食らったようで動画撮影の手が止まった。


「たかし……あんた……ひとさまに迷惑かけて……何が楽しいの」


「か、母ちゃん……」


炎上ウイルス感染者の反応に警察はドヤ顔で医者へ目配せした。


「どうだ。効果てきめんじゃないか。こういう手もあるんだよ」


「……」


「強く押してから泣き落とし。これがテクニックってやつさ。覚えておきな、先生」


「い……いやよく見てください」


医者は患者に向き直るとまた動画を撮り始めてた。


「いえーーい! 親登場ーー! 親フラグ! 親フラグ!」


いったんはおとなしくなったように見えた炎上ウイルス感染者だったが、

数秒程度の冷静さを取り戻しただけでまたいつもの調子に戻ってしまった。


「くそっ! こいつ何でも動画のネタだと思いやがる!」


「はやく鎮静剤を!!」


ふたたび穏やかな顔で眠りはじめた炎上ウイルスの感染者。

警察は万策尽きたと座り込んでしまった。


「お手上げだよ先生。警察にはどうしようもできない。

 こいつらがトラブルを起こすまでここで待つしかないってこった」


「そんなことさせませんよ。

 逮捕歴なんてひとつでもあったら人生台無しです」


「いい見せしめにはなるだろう?」


「感染者の人生は、かえが効かないただ一つの人生なんですよ!」


鎮静剤も体が抗体を獲得してしまうので効き目も落ちていく。

それまでに炎上ウイルスをなんとかしなくてはならない。


医者は寝る時間も惜しみ、毎日だれもいない部屋でウイルス研究に明け暮れた。


身も心もボロボロになったとき、ついにウイルスの特徴を見つけた。


「こ、これだ……! これなら治療できる!」


医者はワクチンのサンプルを1本だけ作って感染者に投与した。


「本当にこれで治るのかい?」


警察はうたがっているようだった。

感染者が起きると、またいつもの調子を取り戻す。


「ああ! 動画撮りたい!!

 動物にエアガン撃ちたい! 他人の玄関に爆竹しかけたい!!」


「おい、ぜんぜん効果ないじゃないか!! 炎上行動したがってるぞ!」


「いいから見ててください!」


すると、感染者は急にすっと冷静になった。


「……いや、やっぱりいいや」



「あれ……? いったい何を投与したんだ、先生」


「先駆者ワクチンです。この薬は自分がやろうとしたことは

 すでに市場にあふれているという感覚を与えるんです」


炎上ウイルス感染者の行動原理は、

迷惑行為をすることで"こんなことができる自分"を自覚し

ある種の承認欲求・自己実現・満足感ホルモンを発生させていた。


ところが、先駆者ワクチンで「すでにそのネタやられてる」と思うと

今さらやっても目立つことができないと感じ、やる気を失ってしまう。


「す、すげぇ……」


「あとはこれを量産し、予防接種として広まれば

 もう炎上におびえることもなくなります」


「先生、俺は医者ってのはたくさん金をもらって、

 高い薬を買わせる死の商人だと思ってたよ。

 

 だが、今回あんたの頑張りを見て考えがかわった。

 医者ってのは泥臭く努力するたいへんな仕事なんだな……!」


警察はこれまでの険しい顔がはじめて優しい顔になった。

そっと和解の握手を差し出した。



「ところで……」



ぽつりと医者がつぶやく。

その顔はみるみる悪だくみの顔にゆがみはじめた。



「このワクチン、今ここで全部壊したら……どれだけ炎上するかなぁ?」



その顔はすでに炎上ウイルス感染者のそれになっていた。

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