おそらく俺のことが嫌いな隣のクラスメイトが俺の初恋の人だという事を俺はまだ知らない。

黯輪ねる。

第1話 知らない天井

ヒロイン視点 


 私を彩る全ての色はある一人の男の子との記憶と胸に刻まれた忘れられない約束。


『いつか君が元気になったら一緒に花見に行こうよ、これ約束だからね?』


 近くの公園に生えている大きな桜の木、春の季節にはいつも窓の中から一人で眺めていた。


 そんな事を喋った時に彼はきっと私を元気付けるためにそんな約束をしたのだ。それは病室から出たことのない私にとってとても大切なものだった。


 生まれつき私は身体が弱く物心ついた時にはもう車椅子で生活していた。私の両親はあっちこっちの病院を回ったりして私の病気が治らないか方法を探していたようだが結局見つからなかった。


 私が小学三年生の時両親の海外赴任が決まった。両親は日本を飛び立つ最後まで仕事を辞めて残ろうか迷っていたが、お金が無いと私の治療費が払えないので結局は海外に行った。


 その時の私は両親と離れるのが寂しかったが、それを表には出さず笑顔で両親を送った。


 しかし、寂しいものは寂しいので毎日一人の病室で泣いていた。


 そんな時に出会ったのが彼、星守 晴人ほしもり はると君。


 彼はここの病院に出資している企業の社長の息子らしく、この病院にはお兄さんの見舞いで来たみたいだったが部屋を間違えて私の所に来たみたいだった。


 彼と初めて会った時は泣いていたので顔がぐしゃぐしゃで、顔を背けて


「誰よあなた、帰って!!」


なんて咄嗟に言ってしまったのに彼は気にする素振りなく、なんなら優しい声音で


「大丈夫?どこか痛いの?」


と言ってヒーロー柄のハンカチを差し出してくれた。


 私が泣き止むまでベッドの隣にある丸椅子に座っていた彼は、私が泣く前に持っていた両親からの誕生日プレゼントである推理小説に「あっこれ僕もしってるよ!」と興味を示してくれた。


 彼は読書が好きらしく本をかなり読むらしいのだけど、小学校には趣味が合う人があまり居なくて私と本について話が出来るとなると、嬉しそうに話し初めた。


 彼との小説談議は時間を忘れる程楽しくて、彼のお父さんが来るまでずっと話していた。


「じゃあね、楽しかったよ!」


 そう言って立ち上がる彼に同年代の子と話したことのなかった私は上手く言葉が出てこなかった。


 「もう会えないのかな」「もっとお話ししたかったな」と心の中で呟いてまた泣きそうになって俯く私に彼は、


「また明日来るから、今度は僕の好きな本を持ってくるね!」


と言って顔が見えなくなる最後までこちらに手を振って行った。


 それからほぼ毎日彼、いや晴人くんはお見舞いに来てくれた。毎回違う小説や漫画を持って来てはそれを一緒に読んで感想を言い合う。


 私はそれだけを楽しみに毎日を過ごしていた。それが私の生きる希望だった。


 それから3年、私の容態は相変わらず回復の兆しを見せずむしろ寝たきりの時間が増えた気がする。


 私は晴人くんに完全に恋をしていた。自分の恋心に気付いた時私は決意した「晴人くんが私の事を記憶の中で忘れないようにする」と。


 この3年間で色々なことを知った。晴人くんは髪が長い方が好きだとか、好きや嫌いな食べ物の話や学校の授業の話、意外と可愛いものが好きで猫を飼いたいことだったり。


 化粧や髪留め等でオシャレすることも初めた。晴人くんが来る前少しでも血色がよく見えるように化粧をして髪を丁寧に梳かし、前髪には猫の髪留めをつけた。


 そして四月になり晴人くんも中学生になるころになった。ここのところ忙しいのかなかなか晴人くんに会えて居ない。


「僕、君の病気を治すために医者に成りたくて少しでもいい中学校に入ることにしたんだ、だから少し離れたとこ入学することになって、これまでよりもここに来れる時間が少なくなっちゃうかも……」


 ということは彼は受験で忙しくしていたんだろう。


「そっか、それは寂しくなっちゃうな……」


「うん、」


「でもそっか、晴人くんがお医者様になってくれるなら、すぐに治っちゃうかなー?(笑)」


「うん、きっと元気になって約束果たしに行こうね!」


「そうだね!」


 それが彼との最後の会話になるとは知らずに私達は笑い合いながら別れた。


 一週間後、容態が悪化した私は手術室に居た。意識は既に朦朧としていて私はもう死ぬのだと直感していた。


 落ちていく意識の中で想い浮かぶのは彼の顔ばかり、今年の2月には帰って来るはずだったが仕事が長引き未だに会って居ない両親の顔を思いだすスペースが無いほど私にとって鮮烈で優しい色彩の全てが彼がくれたモノだ。


 後悔があるとすれば約束の花見に行けなかったことと、彼に気持ちを伝えていないことくらいだ。「手紙でも書いておけば良かったかな?」と一瞬思ったがこの身体では書けないなと思い直す。


 思考がふわふわとして、身体にあった痛みがいつの間にかなくなっていたことに私は気づかなかった。


「あぁ、そういえば晴人くん今日は入学式か、晴人くんと一緒に学校行ってみたかったな……」


「ピーー」という高い機械音が聞こえて、私の意識はそこで途絶えてしまった。



 これが私、涼風 桜すずかぜ さくらの人生の最後。



_______________

 暗い海の中に居る、意識はどんどん深く底の方え沈んで行くようだ。寒くて音がしない、漠然とした恐怖に何もすることが出来ない。


『これ、約束だからね?』


 彼の声がしたと思ったらどんどん暖かくなってきて、そのうちお風呂に入っているかのように心地よい温かさを感じる。


 そして確かに存在する自分の体温と頬を伝う水滴の感触を感じながら瞼を開くことに成功する。


 目を開けるとそこにはいつもの病院の白い天井ではなく、暖かみのある色の木材の天井が広がっていた。


「、、、知らない天井だ……」


 晴人くんが持って来た漫画にこんな展開があったなと思いながらその時主人公が言っていたセリフを呟いた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る