幻想浪漫譚 ~マーセナリーズ・プレリュード~

@iwan1985

プロローグ

 行軍する鈍色の群れ。騎兵、歩兵、弓兵、銃兵と言った一般的な兵種の他に、杖を持ち、ローブを纏った魔術兵やマナバイク兵、装甲車も併走している。

 その軍隊を目の前に見据え、一人の男が大型のマナバイクを駆っている。埃除けのゴーグルをつけ、あかい頭髪と、同色のロングコートが荒野の渇いた風になびく。


「ったく、よーやっと追いついたぜ……。クライアントの依頼内容から一日弱ずれてやがるな。ま、その分稼がせてもらうぜ! こちとら諸々光熱費もかかっちまってんでなぁ!!」


 叫ぶと同時、彼はアクセルを吹かした。爆音を響かせながら急接近すると、さすがに最後尾のマナバイク兵がこちらに気づく。


「後方に敵影!! 交戦の意志あり!! 撃ち方始め!!」


 その掛け声に合わせ、マナバイク兵達が銃を掃射してきた。迫り来る弾幕。それを巧みなハンドル捌きで回避しつつ、一気に加速して間合いを詰める。そこで、兵士たちがこちらの素性に気付いた。


「紅いロングコートに紅い髪? き、貴様! ワイルドヴァーミリオンか!!」

「だったらどうする!? 逃げてみるか!?」


 叫ぶや否や、ワイルドヴァーミリオンと呼ばれた男はマナバイクのカウルから剣のようなものを取り出した。

 ようなもの、というのは比喩でも何でもなくそのままの意味だ。魔力を増幅させる装置に刃がついている形になっている。それを脇に抱えると、バレルが展開して焔のマナが収束し……


「ま、まずい! 退……!」

「遅ぇんだよ!」


 叫ぶと同時、彼はトリガーを引いた。撃ち出されたのは特大の火球である。火球が着弾すると、そこを中心に大規模な爆発が起きた。巻き込まれたのは隊列の三分の一ほどだろうか。

 今や隊列は動きを止め、兵士たちは狼狽えている。それでもこちらを見つけた兵士たちは、果敢にも挑んでくる。その視界をマナバイクのドリフトで巻き上げた埃で遮り、それに紛れて兵士の断末魔が荒野に響き始めた。


「さぁて……『オシゴト』の始まりだ。ちったぁ楽しませてくれよ!!」


 紅いコートを翻し、ユリウス・”ワイルドヴァーミリオン”・イグナートは、統制を取り戻し始めた鈍色の軍隊に向かって行った。


  ――これは、己が正義を掲げる傭兵の前奏曲である。

 『浪漫』を忘れた人々に、この物語を贈ろう。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 単騎駆けと言う戦法は、本来得策では無い。数的不利は当然だが、四方八方から向けられる殺意に気圧されて恐怖心が芽生え、身体が動かなくなる。

  撤退戦ならまだ道は切り開けるかもしれない。一点を突破し、逃げ切ればそれでいいのだから。


 だが、ユリウスは違った。ただ一人で五十人近く居る部隊に喧嘩を売り、初手で放った大火力で三分の一を排除した。それだけでは収まらず、迫り来る兵士たちを薙ぎ倒している。


「オラオラどうしたどうした!? お前らの戦いってのはこんなもんか!?」


 被弾しないように仕切りに動き回り、右手に持つ完全ハンドメイドの武器『塵器じんぎイグナイト・シール』で一刀の元に斬り捨てて行く。

 銃火器の発展した昨今において、近接武器を用いた戦闘法と言うのは些か時代遅れだ。イグナイト・シールも銃火器と言えなくはないが、発射までに時間がかかるし、一度撃てばバレルがオーバーヒートしてしばらく使うことが出来ない。オマケみたいなものである。 ――まぁ、オマケと言うにはとんでもない火力ではあるが。

 ユリウスが近接武器に拘る理由はただ一つ。浪漫があるから。である。

 その光景を、部隊を率いる指揮官は装甲車のハッチから上半身を出し、呆然と眺めていた。目の前で起こっている惨状が理解できず、まるで極上の悪夢でも見ているかのようだ。


「わ、我々は何者を相手にしているのだ? たかだか……、たかだか一人の傭兵だぞ!? 金を稼ぐためだけに力を振るう蛮族に、我々の大義が……!」

「そこまでにしときな。おっさん」


 頭上から声がして、指揮官は視線を上にずらした。刹那、目の前に人影が降ってきた。両手に握られている剣は、運転席をピンポイントで貫いている。おそらく運転手は即死だろう。

 指揮官が絶句する。目の前にいる時代遅れの傭兵が、こちらを睨み付けていた。


「俺はな、大儀や偏った正義を振りかざして好き勝手する連中が大っ嫌いなんだよ……。テメェらの腐ったそれで、どれだけの人間が苦しんでいると思う?」

「……ッ!!」


 声が出ない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、身動きが取れない。目の前に据え付けの重機関銃があるが、そのグリップを握ることすらできないのだ。


「バ、バケモノめ……!」


 ようやく絞り出した罵りだったが、ユリウスには逆効果だったようだ。


「ああそうさ。俺はバケモノだぜ!」


 ユリウスが不敵な笑みを浮かべる。その直後、イグナイト・シールの刃が開いた。その隙間に深紅の光が迸り、一目見ただけで破壊的なエネルギーであることがわかる。


「バカな! 貴様、まさか!?」

「その、まさかだよ!!」


 深紅の光が一際激しく輝くと、マナが臨界状態になった。あとは、このエネルギーを開放してやるだけだ。


『俺に出会ったことを、あの世で後悔するんだな! 喰らいやがれ! タイクーン……! ノヴァああああああ!!』


 ユリウスの叫びと同時、イグナイト・シールのバレルが解放され、そこから巨大な焔の塊が轟音とともに放たれた。その焔は、周囲の兵士を巻き込みながら弾け、暴れ、砕いていく。

 焔の塊が消えるころには、ユリウスが相手取っていた軍はほぼ壊滅状態になっていた。かろうじて生き残った兵士たちも、最早戦意を失っている。目の前であれだけの破壊を目の当たりにしたのだ、無理もない。この出来事は、間違いなく彼らのトラウマとして記憶に刻み込まれただろう。

 その渦中にいたユリウスはと言うと、傷一つ負わず、悠然と立っていた。大火力を放ったイグナイト・シールは、オーバーヒートしたバレルを強制冷却するためにダクトから勢いよく硝煙を吹き出している。

 ユリウスがそれをくるりと一回転させると、鍔にあたる部分から水筒ほどの大きさがあるカートリッジを排莢した。生憎カートリッジのスペアは今現在持ち合わせていないため、拠点に帰還するまではただの剣として扱うことになるだろう。


「さてと、これで依頼は完了だ。とっとと帰って、報酬がっぽり受け取りますかね!」


 言いながら右手の指を弾くと、何もない空間から突然ユリウスのマナバイクが現れた。彼はそれに跨ると、カウル部分にイグナイト・シールを収納し、ゴーグルをつける。そのまま軽くアクセルを吹かしてその場で方向転換し、ウィリーをしてから帰路に就いた。


 彼はまだ、知る由もない。そう遠くない未来、ある依頼が、自分の運命を変えることになるのを。

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