第17話 ワルキューレの騎行

 翌朝アオイが一矢の様子を見に行くと、ベッドに一矢の姿はなかった。


「意外と礼儀知らずなんだな、あの子は」


 しかし、脱いだ靴やネクタイ、ジャケットなどがそのまま置いてあるのを見て“何か”が起こったことを確信する。


「さては強制転移だな」


 アオイはそうつぶやくとベッドを片づけ始めた。




 転移した一矢は地面に落下した衝撃で目が覚めた。何かの攻撃かと思った一矢はすぐさま起き上がり周囲を警戒する。


 するとそこは以前ヴァルキリーに招集された際の真っ白な空間だった。


 ヴァルキリーの管轄内なら大丈夫だろうと一安心する一矢。そこで自分が裸足であることに気付いた。


 今回も上下左右の壁に死神がいるが、前回と比べると数はかなり少ない。


(まさかあれだけいた死神がゲームでここまで減ったのか!?)


 目まぐるしく変わる状況に一矢が惑わされていると、突然背後から呼びかけられた。


「カ、カズヤさん……!」


 振り向くと、そこには千年級の死神であり、圧倒的な暴力を見せつけることで一矢に本能的な恐怖を叩き込んだレッドフードがいた。


「レッドフードちゃん……」


 一矢にとってはあまり会いたくない相手だった。頼りになる椿もいない。


 ヴァルキリーの命令を聞くや否やパラケルススを殺しにかかった彼女。


 その時、確か彼女はパラケルススの腹を突き刺しながら「褒めてくれるかな」と言っていた。そんなレッドフードとは相互理解が難しい気がしたからだ。


「あのね、今日はお友達とはぐれなかったのよ! 紹介するわ。ヘンゼルとグレーテルよ」


 レッドフードの近くには顔立ちの似た金髪の少年と少女がいた。


「やあ。僕たちのこと、一度くらいは聞いたことあるだろう? ヘンゼルだ」


「そうね。わたしたち有名だもの。グレーテルよ」


「俺は天ケ瀬一矢。よろしく」


 挨拶をしながら一矢は驚きを表情に出さないように努力した。


(ヘンゼルとグレーテルってお菓子の家の? あの二人も死神? ならレッドフードは赤ずきん? ええ? どういうことだ!)


 頭の中で次々と疑問が生じて混乱する一矢にヘンゼルが続けて言う。


「いきなり不躾な質問をさせてもらうけどアマガセ、君は最近生まれた新米死神だろう?」


「そうね。じゃなかったらレッドフードに声をかけるなんてことしないでしょうし」


 図星を突かれる一矢。確かに前回の招集ではレッドフードの周りには死神がいなかったことを思い出す。


「酷いこと言わないで……」


 レッドフードは今にも泣き出しそうになる。


「事実だよ。酷いことなんて言ってないさ。話を戻すけど、この数百年で誕生した日本人の死神は数人しか生き延びていないんだ。そしてそのいずれもが一応名が通った死神でもある。 “共喰いツバキ”とかね」


「そうね。二人で頑張って調べたんだもの。間違いないわ」


「……だったらなんだって?」


 一矢は絞り出すように二人の意図を問う。


「別に? それでさ、ちょうど最近日本で死神を殺した人間がいたんだ。きっとその人間は死神に転生してるだろうね。僕らが名前を知らない新米死神に」


「そうよ。嫌なやつを殺してくれたお礼をしようと思って」


「アマガセ、どうもありがとう」


 二人は声を揃えて礼を告げる。その顔には嘲るような笑みがへばりついていた。


 それは人間に殺されたスペクトルのことか、転生して半年も経っていない新米死神を指してのものなのか。


 なんの目的で自分のことを調べ上げたのか。一矢は考えるが、答えは出ない。


「ねえ、やめようよ……わ、悪口はよくないよ……!」


 レッドフードの反論にヘンゼルが何か言おうとすると、突然真っ白な空間が暗くなった。


 ヴァルキリーが姿を現す合図だ。


 空間の中心に三人のヴァルキリーが転移してくる。


 先日ラグナロクとの開戦を宣言した三人のヴァルキリーの長姉、ジークルーネは目を閉じ黙りこくっている。


「……貴様らには呆れ果てたと姉上は言いたいのだ」


「ラグナロクの死神は一人も捕まえられないくせに、人間に狩られるってどういうこと!? 馬鹿なの!?」


 死神達を糾弾するのはグリムゲルデとロスヴァイセ。


 白い仮面のヴァルキリー・グリムゲルデは続けて言う


「貴様らは異能者と交戦し、生き残った死神たちだ。姉上の意向に背き未だラグナロクと戦っていない者はこの際捨て置く」


「情けないったらないわ! 死神の追加投入なんて認めないから!」


 ヴァルキリー・ロスヴァイセがさらに続ける。


 現状の死神で対応するのがヴァルキリーの判断だった。


(限定解除に釣られて参加した死神が今狩られているのに、そのままの戦力で敵の死神まで相手させるのか? いくらなんでも無謀じゃないか?)


 一矢でもヴァルキリーがプライドを優先して動いているのが感じ取れた。


「しかし、敵側の死神が無傷であるなら我々だけで対処しようと言うのは些か…」


 果敢にもヴァルキリー相手に発言をしたのは革鎧に身を包んだ死神。


 だが言い終える前に彼自身の手が首元にナイフを突き付ける。


「お前、死にたいの? まだ言い終わってないでしょうが」


 ロスヴァイセは怒りを隠そうともしない。


 死神の手を操ったのは前回の招集で彼女がレッドフードを無力化した際の力だろうか。一矢は一度目の招集を思い出す。


(ヴァルキリーが持つ死神を支配する為の権能ってとこか)


「……寡勢の賊を駄犬の数に頼り押し潰すなどヴァルキリーの名折れである。故にヴァルキリーの矜持をかけ、我ら三姉妹が賊軍征伐に出陣することをここに宣言する!」


 閉じていた目を開けたジークルーネが、決意に満ちた表情で高らかに告げた。


 沈黙が場を支配する。


 ヴァルキリー自らが出陣するということは、死神は彼女らの麾下に入りどんな命令にも従わなければならない。その宣言が孕む危険に死神たちは気付いていたのだった。




☆やフォローをいただけると大変喜びます。よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る