第16話 アオイという闇医者
異能者たちを退けた一矢たちは帰り際にアオイの診療所へと立ち寄り治療を受けていた。
自動車に轢かれたつぐみ、ではなくそのつぐみに思い切り蹴られた一矢が。
「まあ大したことないかな。ほっといても治るよ。人間なら即死だったろうけど」
つぐみはあれだけ派手に轢かれたにも関わらずピンピンしている。が、流石に少し気まずいのか椿の後ろに隠れている。
「ごめんよぅ。後輩ぃ」
「こいつの治療はついでだよ。聞きたいことがあるんだ」
椿が話を切り出す。
「 “共食いツバキ”も丸くなったというか、素直じゃないというか。でさ、その子の狩りの対象はわかったわけ? 飲まず食わずでいる人間みたいなものじゃない? 少し興味が湧いてきたかも」
「話を聞け。アオイ、ラグナロクをお前はどう見る」
「どうもこうも、スゴイ熱量だよ。権能を切り取って分け与える術式なんか開発できるあたり、高位の魔術師が何人も参加してるでしょ。まあ、才ある人間を片っ端から死神にして押さえつけてきたツケが回って来たってとこ? そりゃ恨みも買うよね」
人差し指でこめかみを叩きながらアオイが考え込む。椿とも付き合いがあり、死神についての事情にも詳しいという彼女は何者なのかという疑問が一矢の中で芽生える。
「じゃあやつらの長の“神殺しの炎”というのは?」
「ラグナロクで炎と言えば『炎の巨人』のスルトじゃない? 今は厳重に封印されてるけど、伝承だと神も殺してるし。でもスルトがリーダーだったらこんなまどろっこしい手を使ってくるかな? 乗り込んでヴァルキリーを焼いた方が早いし、そもそも死神なんかと手を組むとは思えない」
「 “神殺しの炎”という名前自体がブラフだってことか?」
問われたアオイはわざとらしく首を傾げた。
「それはどうかな。ただヴァルキリーを刺激するような表現をして煽ってるのは事実だと思うよ」
「そうか。そいつは置いていくから興味があるなら話でも聞いてみろ。治療費はこれでいいな」
椿は何か納得した様子でつぶやき、一矢は置いていかれることになった。
「人体実験とかされませんよね……?」
パイプ椅子を一矢のベッド横に置き、一矢の観察を始めるアオイ。
「何言ってんのさ。君はもう人じゃないでしょ? 実験は普段のバイトで十分だって。久々に興味の湧いた個体を見てるだけ」
アオイにまじまじと見つめられ一矢は少し緊張してしまう。相変わらずアオイの白衣はしわだらけだが、アオイには椿の冷たさのある美貌とは異なるどこかミステリアスな色気があった。
「それで君、改めて聞くけど本当に何かを殺したいとかそういう気持ちにならないの? 苦しくない? 実は狩りの証を摂取したりしてない?」
「特には……ないです。人間だったときと同じような食事をしてます」
「へえ。じゃあ死神になって変わったことは?」
一矢は怪異や異能者たちと戦ってきた記憶をたどる。
「身体が頑丈になりました。至近距離で銃撃されても痛いだけで済むような。それと五感が強化された気がします」
「それだけ? 死神の初歩というか、前提条件しか満たしていないじゃないか。いや、むしろそれが狩りへの欲求を抑えている……?」
アオイがつぶやきながら考え込む。質問されてばかりでは癪なので一矢もアオイに質問をし返す。
「アオイさんは一体何者なんですか?」
「何者……ねえ。自分でもよくわからないな。元魔術師の闇医者ってことだけわかれば十分じゃない?」
「アオイさんが魔術師……?」
異能者の襲撃といい、今日の一矢は驚いてばかりだ。
「椿から聞いてなかった? 元々は死神についての研究をしてたんだ。不老不死について調べてるうちに死神の生態が気になったというか」
「それでどうして魔術師をやめちゃったんですか?」
「飽きちゃって」
魔術師が探求に飽きることなどあるのかと一矢は思う。人間でも生涯現役の学者はいる。一矢は九十歳の学者が表彰されているニュースを見たことがあった。
「君は知らないだろうけど死神っていう研究ジャンル自体が下火なんだよ。幻獣とか竜とかそういう生き物はこの世界から去って、それを狩る死神たちは脱落するし。強い死神ほど強い討伐対象が設定される傾向があるから余計ね」
「でも現代にも千年級の死神はいますよね。もう死んだけどスペクトルとか」
「全盛期はあんなもの目じゃないさ。目ぼしい研究対象がみんないなくなったんだ。君に付き合ってもらってる実験も惰性みたいなもんでさ。でもね、死神の力をすこーしだけ取り込んで自分を長寿にしちゃったもんだから悲惨だよね。目標なんかとっくになくなってるのに」
アオイは自嘲気味に心情を吐露する。
「魔術師をやめるところまではわかりますけど、どうして闇医者に?」
「お金稼ぎゲームをしてるんだよ。稼ぐのに飽きたら今度はお金使いゲームでもしようかな」
指で作った輪を一矢に見せながらアオイが言う。
「なんか昔を思い出して研究ごっこの気分じゃなくなっちゃった」
アオイが唐突に立ち上がる。
「明日の朝まではそこで寝てていいよ。ただ朝の回診で治ってなかったら追加料金ね」
普段はどこかつかみどころのないアオイの背中が、一矢には少し寂しそうに見えた。
都内某所ラグナロク本拠地。
「ねぇ首領ぉ~! ゲームの運営って暇~! カタストロフィが強すぎて見ててつまんな~い!」
ピンクの髪をツインテールにした甘ったるい声の女が不平をぶちまける。
「聞いてますか~!?」
「……ああ、悪いな。寝てたわ」
声の主は薄暗い場所にいてピンクの女にも姿は見えない。いつものように椅子に座って居眠りしていたのだろうと彼女は思った。
「てか、そもそもですよ! 仮にも本拠地なのに空っぽにしちゃっていいんですかあ!?」
薄暗い部屋には二人の声しか聞こえない。他に誰かいる気配もない。
「そろそろヴァルキリーも動き出す頃合いだろ。ここで戦うようなことがあれば仲間を巻き込みかねないからな」
「わ、た、し、はぁ~!?」
「お前は……まあ適当に逃げろ」
薄暗い部屋を照らすのはパソコンのモニター。たった今チーム・カタストロフィの点数が加算されたところだった。猛追するのは第二位のチーム・マキシマム。
暗闇の中で首領と呼ばれた男は考える。
限定解除に乗せられた下級の死神は次々と上位チームの獲物となり、死神そのものが積極的に異能者に関与しなくなってきた。
ヴァルキリーに残された手段は二つ。
強制的に上位の死神を参戦させるか、ヴァルキリー自身が出撃し早急に事態を収拾するか。
どちらにせよ男の取る手段は一つ。
(全て焼き尽くす。ヴァルキリーも、死神も)
千年以上戦う相手を見つけられなかった男は心を滾らせるのだった。
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