第6話 死神転生
天ケ瀬一矢が死んだ。
姉の仇、死神ドクトゥール・スペクトルによって。
「ク、ハハハハ! 女ァ! 貴様が何故この小僧に肩入れするか当ててやろうか!? それは貴様の誓いが……『契約の履行』だからだ!! それ以外で死神が人間などを守ろうとすることがあってたまるか! だがその望みは……断たれたァ!!」
腕に突き刺さった一矢の身体を横合いに放り捨てると、スペクトルが勝ち誇るように宣言した。
スペクトルの予想は的中していた。
一矢の死により椿と一矢の契約が破綻する。椿は『誓い』を破ったことによって弱体化し、
椿は赤口が消えたときに備えて片手に拳銃を構えた。
「……身代わりがなかろうと、片腕がなかろうと。貴様を八つ裂きにして、死神の霊魂として手駒に加えよう。神のコレクションの一部になれることを光栄に思え。クク……」
すると突然赤口が揺らぐようにうねり、霧散した。
そしてその瞬間をスペクトルは見逃さなかった。かぎ爪の左腕を椿に向け大きく振りかぶる。
「つぐみ!」
そこまで闇に隠れていたつぐみが大きく羽ばたき、椿の右脇からタックルするようにして彼女を運び、スペクトルの攻撃を避けさせる。
そしてスペクトルとのすれ違いざま、つぐみは結界を生じさせる符を叩きつけ彼を閉じ込めていた。
「急げ! まだ助かる!」
「りょーかい!」
つぐみが大きくUターンして一矢の下へ向かう。スペクトルは半狂乱となってかぎ爪を結界の中で振り回している。
スぺクトルのかぎ爪が結界に当たるたびに、透明な壁にひびが入っていく。
コンテナから放り出された一矢の亡骸の前で、つぐみに運ばれた椿は着地した。
「でも助けるってどうやって!?」
つぐみの目から見ても一矢が死んでいることは明らかだ。
「赤口! 出ろ、赤口!」
つぐみの問いを無視して、椿は死神を斬る妖刀“赤口”を呼び出そうとする。だが契約の破綻により誓いを破った椿は死神としての格が落ち、自由に能力を顕現させられずにいた。
「クソ……! だったら!」
椿は自らの心臓に指を突き立てた。
「ツバキさん! 何やって…!」
「黙って……スぺ、クトルの、様子でも見てろ……」
グチュグチュと気味の悪い音が彼女の胸から聞こえる。死神としての力が宿る心臓から直接赤口を取り出そうとしているのだ。
生々しい音とともに椿が血まみれの手を引き抜くと、その手に赤口が握られていた。
そしてその刃を、勢いよく一矢の心臓に突き立てた。
ドクン……ドクン……
赤口が脈打つように小刻みに動き、一矢の心臓に何かを流し込んでいく。
「奴が出てくるよ!」
スペクトルを辛うじて閉じ込めていた結界が砕け散る
それと同時に一矢が目を覚まし、勢いよく血を吐いた。
「なんで、俺……」
「私の力をお前に貸す。殺れ! 本能がお前を導く!」
それだけ言うと椿は血だまりの中に倒れ伏した。
一矢には状況が理解できない。貫かれた腹部からは激痛がするが不思議と立ち上がることができた。
絶叫しながらスペクトルが一矢目がけて突進してくる。
一矢は死してなお握りしめていた拳銃を構え、驚くほど冷静にスペクトルを撃った。
急所への銃撃はかぎ爪によって弾かれるが、腹部、肩、胸等に次々と銃弾が当たる。
「貴様ァ! 何故生きているうううゥ!!」
一矢には何をすべきかが分かっていた。
弾切れの拳銃をスペクトルに投げ付ける。彼はそれを払いのけた。
心臓に手を当てると不思議な力を感じる。鋭利だが、どこか暖かさを感じる力。
一矢は勢いよく心臓から赤口を引き抜くと、力を込める。赤口を赤黒いオーラが包み、刀身を伸ばすようにオーラが迸る。
そして駆け寄ってきたスペクトルを一閃した。
胴から真っ二つになるドクトゥール・スペクトル。
「ガ……私は千年級の、死神で……神、なのに……」
別れた上半身と下半身が悶えるようにバタつく姿は虫を思わせた。
「……姉さんの魂を解放しろ」
一矢が通路に座り込み、転がったスペクトルの上半身に語りかける。
「黙れ、人間、風情が……!」
もう一閃。一矢がスペクトルの両目を切り裂いた。叫び声が響き渡る。
赤口の一撃はただの霊力を帯びた刀のものとは異なり、死神に特別に「効く」。
「やめ、ろ……言う通りにする……だから」
スペクトルの口から彼に取り込まれていた一矢の姉。天ケ瀬弓美の魂が解放される。
それは悪霊に追い込まれ自死した際の姿ではなく、生前の、一矢にとっていつもの弓美の姿だった。
「……ありがとう。私、一矢に酷いことしちゃったね?」
「いいんだよ。俺だって今まで散々迷惑かけたんだから……」
「ねえ。お姉ちゃんがいなくてもやっていけそう?」
微笑みながら弓美が問いかける。
「うん。今までありがとう。俺、一人でもがんばるから……」
抱きしめるように赤口を弓美に突き刺す。
弓美の霊体は宙に溶ける泡のように消えていく。
彼女はいなくなるまでその笑みを崩すことはなかった。
そしてこれまで直視してこなかった姉の死を初めて実感し、一矢の目から涙がこぼれた。
残ったのはスペクトルの処遇だった。
「……お前、人間に、死神が混じっているのを感じる。やってくれたな。“共喰い”……」
自らの死期を悟った死神ドクトゥール・スペクトルは抵抗を諦め、潰れた目を一矢に向けた。
「私など、クソ野郎揃いの……死神の、氷山の一角に過ぎない。精々……私を殺して悦に入っていろ。そして『こちら側』に足を踏み入れたことを後悔するといい……」
一矢は何も言わずにスペクトルの心臓に刀を突き立てた。
死神を殺すにはどうすればいいのかは直感的にわかった。
「見ていろ……これが死神の末路だ……死神に転生したお前もいずれは……」
そう言い残し、スペクトルは塵のように崩れ去った。
一矢の身体の力が抜けてくる。姉の仇を始末して緊張が解かれたのもあるが、単純に貫かれた腹部が血を流しすぎたのだ。
駆け寄ってくるつぐみの姿を視界の端に捉えながら、彼はその場に崩れ落ちるのだった。
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