第2話 対死神専門探偵事務所

 自ら訪れた探偵事務所で一矢は頭を抱える。


(とんでもないことになった)


 幽霊に悩まされる大学生、「天ケ瀬一矢」が胡散臭い名刺に誘われてたどり着いた探偵「椿響子」は、聞く限り死神と戦う探偵らしい。彼は遂に自分の頭がおかしくなったのかと思った。


「契約さえしていただければ今すぐにでも行動を開始しますが?」


「ま、待ってくださいよ。死神って……死神ってなんのことですか!?」


 すると冷たい美貌の探偵は口元に人差し指を当て一矢を黙らせるジェスチャーをした。


「三回だけ質問をする権利を差し上げます。時間の無駄ですので。それで、死神についての質問が一つ目の質問でよろしいですか?」


 呆気にとられる一矢に畳みかける椿響子という女。


「じゃあ……死神について教えてください」


 答え次第では一矢も話を打ち切るつもりだった。時間が無いのは彼も同じなのだ。


「いいでしょう。死神とは『何かしらの存在』を狩る事でのみ生存を可能とする、怪異の中でも特異な存在です。ああ、怪異という言葉は妖怪や心霊現象のようなものだと理解していただければよろしいかと。人を狩る死神、人ならざるものを狩る死神、妖魔を狩る死神……狩りの対象は多岐に及びます」


 椿響子のする死神についての説明は滑らかだった。これまで何十回、何百回としてきたかのように。


 妖怪や死神がいるという話にめまいを感じながら、一矢は言葉を選びつつ質問を続ける。


「じゃあ、姉さんの幽霊が俺を狙っているのは姉さんが死神になったということですか?」


「二つ目。違います。あなたを狙っている霊は死神の道具として操られているに過ぎません。霊を猟犬のようにけしかけてあなたを追い詰めている最中なのですよ」


「……その、操られている姉さんの霊は、本物の姉さんなんですか」


 絞り出すように三つ目の質問をする一矢に椿響子は冷たく告げた。


「三つ目。本物です。そうでなくてはあなたを追い詰めることはできませんから」


「……ッ!」


 一矢の脳裏に幼いころから弓美と過ごしてきた記憶が押し寄せてくる。


 既に死した者の霊と言えども、家族を利用しているその死神という存在に怒りが湧いてくる。


「俺を、俺なんかを追い詰めて何になるんですか! 姉さんも俺も死神なんかに目を付けられる理由なんか無いはずですよ!」


「既に三つお答えしましたよ。無料相談はここまでです。ここから先は契約をしてから。そうすれば正式なクライアントとしてお答えしましょう」


 一矢は拳を握りしめ、考える。椿響子は対死神専門の探偵と名乗った。


 話が本当なら、彼女の慣れた対応から見ても今まで死神を打ち倒してきた実力はあるのだと思う。一矢としてもこのまま時間を浪費していれば弓美の霊に殺されるのは確実だ。


 ただ、それ以上に家族を墓から暴いて辱めるようなやり口が許せないのが決め手となった。


「契約、します。その死神を倒してください」


「倒すのではありません。殺すのです。しかしその契約、果たしてみせましょう」


「……じゃあどうして俺が狙われているのか。そして俺の支払う報酬を答えてもらえますか?」


 覚悟を決めた一矢が問いかける。


「肉親や近しい者の霊に殺された者は、その負の感情から連鎖的に悪霊になります。その新しい悪霊を手駒にして次のターゲットを殺すのです。そして獲物を殺し役目を終えた霊は死神が狩り、餌とします。つまり奴の目的は、あなたを悪霊にした後に弓美さんの霊を狩ることです」


「随分と……手口に詳しいんですね」


 身構える一矢に椿響子は心外だとでも言うように顔をしかめた。


「私を奴と同じように扱うのはやめていただきたい」


「じゃあその死神とあなたの関係を教えてください」


 ここまで蚊帳の外の黒いセーラー服の少女、つぐみは一触即発の空気を感じ取り身を縮めた。


「……その死神の名は霊を狩る死神、ドクトゥール・スペクトル。この効率の良い狩りを考案した異常者であり、日本を根城にしてから巧妙に狩りを続けている狡猾な死神でもあります」


 そして先ほど以上にその美貌を歪めて続けた。


「そう、この十五年間私の追跡から逃れながら」


(十五年? 見た目は二十台半ばほどなのに、何故?)


 一矢は口を挟まず彼女の言葉を待った。


「言い忘れていましたが、私も死神の一人です。この世界に数少ない“死神を狩る死神”」


 一矢は思わずソファーごと後ずさりしてしまう。ただ者ではないと思ってはいたが、まさか今まで話していた相手が人間ではなかったとは思いもしなかった。


 セーラー服の少女、つぐみが席を立ち、事務所の奥へ向かう。


「じゃあそろそろ“共喰いツバキ”の仕事の準備をはじめましょー」


「つぐみ、黙れ」


「……あなたが死神だとしたら、報酬は、代償は……俺の命ですか?」


 一矢の心臓がバクバクと動き出す。どちらにしても死ぬ運命ならこんな契約する意味はなかったのではないか。疑念が渦巻く。立ち上がって逃げようとする。だが逃げても弓美に殺されるだろう。


 呆れたように椿が答える。


「あなたが考える死神と我々現実の死神は違う。死神はどれも偏食家で、狩る対象以外の命は受け付けないのですよ」


「じゃあ報酬というのは……?」


「確かに報酬はいただくと申し上げました。が、恐れるような代償があるというのはあなたの想像です。想像上の死神は一旦頭から消した方がいい」


 事務所の隅にあるつぐみの身長ほどある金庫。それを彼女が開ける。するとそこには無数の銃器が隠されていた。


「始めましょう。今度こそ仕留めます」


 椿が銃を手にして宣言する。


 相手は千年級の死神。椿からしてみれば相手にとって不足はないどころか十分すぎるくらいだ。


 彼女の死神としての生で一番の大仕事が始まろうとしていた。



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