シニガミ・キリングフィールド~死神デビューの大学生が千年級の死神と殺し合うことになりました。そして『死神狩り』のデレない女師匠と共に死神大戦争を駆け抜ける~
犬飼風
序章 死神転生
第1話 大学生、死神に狙われる
ある夜、天ケ瀬一矢(あまがせかずや)は姉の幽霊に命を狙われていた。
決して気が触れたわけではない。と彼自身は思っている。
現に自室のドアを鋭利な何かで削る不快な音が一矢の耳に響いているからだ。
決してストーカーや変質者の類でもないことも確信している。
時折それが放つうめき声は確かに一か月前に死んだ彼の姉のものだったからだ。
ガリガリガリ。
その音は一矢の姉の天ケ瀬弓美(あまがせゆみ)が自死する際に用いた包丁によるもの。
真っ赤に染まった浴槽と手首に刻まれた深い傷。青ざめた表情を彼は思い出した。
「こんなことなら幽霊との対話の仕方でも聞いておけばよかったかもな……」
今まで自称霊感持ちの人間の話を真面目に相手をしてこなかった一矢はやけくそ気味に一人ごちた。
最初は視界の端で、街で弓美と似た背格好の女を目にするくらいだった。始めは偶然だと自分に言い聞かせた。
だが「弓美の幽霊」が一矢の家へたどり着くまでにそう時間はかからなかった。
朝日が昇る。
ドアを削る音はしなくなり、彼は恐る恐る自室のドアを開く。
誰もいない。
部屋から出てドアを見ると、ドアが大小様々な「一矢」という字で埋め尽くされていた。
「これ、敷金から引かれるのか?」
連日の弓美の訪問による寝不足で判断力が落ちている一矢は、ぼんやりとした目で見当違いの一言をつぶやくのだった。
一矢はこの一週間ほど『姉』の襲来によりろくに眠れず、学校にも行っていない。
七月初旬。一か月ほど前にルームシェアしていた姉が風呂場で自殺した。それまでは平凡な大学生だった。
理由はわからなかった。遺書もなかった。
突発的な自殺として処理されたそれに納得はできなかったが、そういうものだと受け入れるしかなかった。
そして弓美の幽霊が少なくとも己にとっていい存在でないことを察した彼は、この一週間で思いつく限りの寺や神社を巡ってお守りを買い漁ったり、お祓いを受けたりした。
今日もその一環で何駅か離れた辺りの神社を訪れようとしているところだった。
弓美が自身に恨みを持っていたとは思っていなかった。だからと言って何か対策するとしたらそれくらいしか思い浮かばなかった。
効果は無かった。それどころか様々買ったお守りの中には、腐食したとしか思えないものも出てくる始末。日に日に弓美と一矢の距離は近づきつつあり、今は薄いドアを一枚隔てているだけだ。
一矢はうだるような暑さの中、寂れた神社でお守りを買う。
一矢を心配する同級生のメッセージを無視してスマートフォンの地図アプリを起動して次の神社に向かおうとしたその時。
「お兄さん『つかれて』るねー」
「誰……?」
一矢が思わず問いかけると、さっきまで誰もいなかったはずの神社の隅に中学生ほどの少女が立っていた。
年相応の可愛らしい顔立ちの少女。
特徴的なのは全身を包んだ真っ黒なセーラー服。リボンやシャツ、靴下までも黒で統一されていた。
「困ってるならうち、来て。お姉さんのことに役立てると思うから」
手元に違和感を覚えて右手を見ると一枚の紙が収まっていた。
「椿探偵事務所 椿響子 怪異全般請け負います」
白地に黒い字のシンプルな名刺。書かれている内容は非常に胡散臭い。今の一矢の立場でなかったら目もくれず放り捨てていただろう。
「何で俺のことを知って……」
少女のいた方向に目を向けると既にその姿は無かった。
「二人目の幽霊? ハハ……もう何がなんだか……」
だが、このまま効果のないお守り集めをしていても埒が明かない。彼は藁にもすがる思いで名刺に記された住所を凝視した。現在地からそう遠くない。
弓美の幽霊に接してきた彼は、黒い制服の少女も幽霊か何かの異形に分類されるものだと本能的に察していた。
「化け物には化け物をぶつけるって何だったかな……」
疲弊した頭でフラフラと一矢は歩き始めるのだった。
一矢がたどり着いたのは古臭い雑居ビル。テナントもほとんど入っていないように見える。
エレベーターもないので階段を上がっていくと、四階のドアに看板が吊り下げてあった。
「椿探偵事務所 OPEN」
手にした名刺と見比べて確認する。
(確かにここで間違いない。でも大丈夫か?少なくとも真っ当な場所じゃないはずだ)
彼は名刺に書かれた「怪異全般請け負います」という一文を思い出す。
一矢が躊躇っていると不意にドアが開いた。
「お兄さん。来てくれたんだ」
先ほどの黒い制服の少女だった。驚いていると手を引かれ中へと引っ張られる。
抵抗を許さないほどの力で一矢は事務所内に引き込まれてしまう。
そこは殺風景な事務所だった。
事務所の中心にある来客用の黒いソファーはへたっているし、ソファーに挟まれたテーブルは埃を被っている。
窓際には大き目の机と椅子のセットがあり、黒いパンツスーツの女がそこに座っていた。「椿響子」とは彼女のことだろうか。
「つぐみ、ご苦労」
冷たい美貌の持ち主は少女に声をかけた後、椅子から立ち上がりどっかとソファーに腰かけた。
無言で向かいのソファーを指差す女のネクタイは黒く、喪服をイメージさせる。
促されるままソファーに座る一矢。つぐみと呼ばれた制服の少女も彼の隣に座った。
「探偵の椿響子です」
とても簡素な自己紹介。
「実は俺……」
一矢が弓美のことを話そうとするとそれを遮るように喪服の女が口を挟んだ。
「詳細は結構。予めあなたについて調べさせていただきましたが、死神の仕業でしょう。しかし相手が死神ならこちらにはそれに対抗する術があります」
「死神!?」
思わず大声で返してしまう一矢。
「ええ。こちらは対死神専門の探偵事務所ですから。ちなみに報酬は獲物の質次第ですので、悪しからず」
とんでもないことが起きている。一矢は唖然としながらもどこか冷静な視点で状況を俯瞰している自分がいることを感じたのだった。
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