負け続けて、勝ちを掴む

雲条翔

第1話 7・7・7

 郊外の寂れたパチンコ店。

 

 周囲には人影はなく、建物もまばらで、アスファルトの隙間からは草が伸びている。

 かつて交通量の多かった国道だったが、区画整理により、別路線に国道が伸びたので、廃道となっていた。

 地元民も引っ越し、荒れ放題となったここの道路は、人間や車両よりも、タヌキやキツネなどの野生動物が通る方が多かった。


 パチンコ店の店内は廃墟と思いきや、十人以上の若者たちがパチンコ台に座っている。

 否、強制的に着席させられていた。皆、意識はなく、眠っている。


 椅子に座って、眠っている若者のうちのひとりは、イトウという名だった。


 童顔で華奢、学生時代には生徒会役員が似合っていたような、真面目な雰囲気で、ワイシャツにネクタイ、スラックスに革靴といったサラリーマンスタイルの、二十代前半の恰好の、若い男だった。

 イトウの身体にも、高圧電流の装置が装着され、手首は手錠でパチンコ台と固定されていて、足首は椅子と繋がれていた。


 イトウは、体中が痛む感覚がして、激痛に目を覚ました。


 店内のあちこちから悲鳴が聞こえる。

 目覚まし代わりに、死なない程度の電流を流されたのだ。


 そして、若者たちが起きたのを見計らって、スピーカーから声が流れる。


「おはよう、クズのパチンカー諸君。一攫千金、大当たりを夢見るあまり、現実を見ようとしない無能な君たちに、人生最後のチャンスだ」


 天井に設置されたスピーカーから、ボイスチェンジャーを通した声が響く。

 まるで、デスゲームの始まりみたいだ……とイトウは思った。


 若者たちの中には「なんだよこれ!」と抗い、手錠をガチャガチャと荒々しく揺する者もいたが、スピーカーの声は平然と続けていく。


「このパチンコ台で当たったら、1回につき10万、2連チャンすれば20万、3連チャンすれば30万……といった具合に賞金をやろう。何十連チャンもすれば、数百万円も夢ではない」


 連れて来られた若者たちの中では、動揺が広がったが、ごく少数は笑顔になって「マジで!? ラッキー! 超イイ人じゃん」と本気で信じる無能もいた。


 スピーカーからの放送はまだ続く。


「このパチンコ台は、大当たり確率を改造してある。普段の大当たり確率は315分の1だが、現在は約10分の1。30分の1の確率で当たるように調整されている。それなら少し回せば当たるはず、と君たちは考えるだろう。だが、今回の実験目的は、人間は心から願えば、奇跡を起こし、ひとつの数字を回避できるか、だ。大当たりを願っていた君たちなら、逆に、当たらないことを心から願うことも可能だろう。……賞金には条件がある。当たりやすく改造した台で、連チャン確定の7だけは引いてはいけない。他の数字の大当たりは賞金の対象だが、7の数字で当たった瞬間、高圧電流が流れて、君たちは死ぬ。1分以上、球を打ち出さない場合、あるいはこちらに反抗的な態度を取った者も同様、制裁を与える」


「バカなこと言ってんじゃねーよ!」「手錠はずせよ! ここから帰せよ!」

 運営に対して、若者たちの罵声が飛び交うが、その声のうち、ひとつが絶叫に変わる。

 すぐに悲鳴は消えた。

 ぶすぶすと煙を上げ、黒焦げになった死体を見て、若者たちの表情が蒼白になる。


(高圧電流を流されたのか……!? “見せしめ”で、ひとり殺された……!)


 イトウの背筋が冷えた。


「こうして、制裁を与え、目の前で誰かの命が消えれば、理解してくれるかな? 最後のひとりになるまで生き残ったら、賞金の詳細な話を続けよう。死んだら、チャラだがね。さあ、ゲーム開始だ。球を打ち出したまえ!」

 

 スピーカーの放送を合図に、皆は黙ったまま、ハンドルを握り、球を打ち出し始めた。


 いきなり、イトウの目の前の、パチンコの液晶画面で、「7」のリーチになった。


(1ラインの7リーチ! 赤保留からの疑似連3回、カットイン金色、いつもの俺なら喜ぶところだが、今だけはどうか、どうか、ハズレてくれ……っ!!)


 ハンドルを握る手の、体温がすーっと冷えていくのに、手汗だけが止まらない。


 液晶のスーパーリーチ画面では、主人公が宿敵に敗れ、倒れた。


(良かった、負けた……)


「ぎゃああああっ!」


 イトウの隣の台に座っていた男が悲鳴を上げた。

 体をガクガクと大きく震わせ、皮膚がみるみるうちに黒く焦げていく。

 頭頂部からは煙が上がっていた。

 その台では「777」が揃い、大当たりのファンファーレが鳴り響いていた。


 男の悲鳴が途絶えた。口や鼻、耳からも煙を吹いている。

 肉と髪が焼ける、嫌な臭いが漂ってきた。

 男の目は、もうどこも見てはいない。白目の部分も、黒く焦げていた。


(死にたくない、死にたくない……! 頼む、頼む、頼む、「7」よ! どうか来ないでくれっ!)


 イトウのハンドルを握る手が震えている。顔は冷や汗まみれで、歯の根も揃わずにガチガチと音を立てていた。


 ■ ■ ■ ■


 いくつもの悲鳴を聞いた後、気づけば、生き残っていたのはイトウだけだった。


 大当たり確定のプレミア音声や、先読み確定のレバブル、それが自分の台ではなく近くの台から聞こえてきたことに安堵し、死ぬ思いをしながら、生存してきた。


 パチンコ店の奥から、目出し帽に黒ジャンパー、黒手袋という格好の、素性の分からない集団がやってきて、黒焦げになった死体たちを片付け、汚れた台や椅子を洗浄している。


 目出し帽のひとりがイトウに声を掛けてきた。


「おめでとう。君は生き残った。「7」を避けて、通常絵柄の数珠繋ぎ連チャンで35連チャン。なかなかのの持ち主だな。賞金を渡そう」


 奥から、トランクケースが運ばれてくる。開けると、札束が詰まっていた。


「今の君ならわかるはずだ。パチンコの「7」には人を狂わせる魅力、いや、魔力があると」

「………」


 イトウは賞金の詰まったトランクケースを受け取り、話しかけてきた目出し帽の人物を観察していた。

 

(ボイスチェンジャーを使ってはいたが、スピーカーの人物と、喋り方が似ている気がする……こいつが、デスゲームの親玉か!)

 

「私たちはこういう団体だ。興味があるなら、入るといい。君が生き残ったのは、運を試すと同時に、採用試験でもあるのだ」

「採用試験……?」


 目出し帽の男は、名刺を出してきた。


 そこには「ギャンブル救済ネットワーク機関 <アンラッキー7>」と書かれていた。


 「なにが救済、だよ……! 絶対に入るか、そんな団体」


 イトウは、重いトランクケースを手にすると、そこを去った。

 でも、名刺は一応受け取っておいた。


 ■ ■ ■ ■


 数年後。


 そこは、郊外の寂れたパチンコ店。


「従業員用」とドアプレートの貼られた室内に、イトウはいた。

 

 監視モニターには、薬で眠らされた若者たちが、パチンコ台の前に着席させられ、装置を繋がれている映像が映っている。

 イトウは、目出し帽をかぶった仲間と目くばせすると、ボイスチェンジャーを通した声で、店内にアナウンスを始める。


「おはよう、クズのパチンカー諸君。一攫千金、大当たりを夢見るあまり、現実を見ようとしない無能な君たちに、人生最後のチャンスだ……!」


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