第10話 ぷるんぷるん

 翌日もゼリアは王女としての教育を受けていた。ほぼ座学なために、いくぶん退屈気味ではあるが、カレンとして振舞うためにゼリアは必死に勉強していた。ちなみに講師陣は目の前の人物をカレン本人だと思っている。

 ゼリアが午前中の座学を受けている間、ルチアは王妃に呼び出されていた。

「ルチア、ゼリアさんの本来の姿って見た事ある?」

 王妃から突然掛けられた質問は、ゼリアの本来の姿、つまりアサシンスライムの姿の事だった。

「はい、見た事がございます」

 ルチアは正直に答えた。ただ、ルチアがゼリアのカレン以外の姿を見たのは、ドレスのまま寝落ちしていたあの日一回だけである。それでも、ルチアには強く印象が残っていた。

「どんな姿だった?」

「透き通った青色でございました。形状としてはこんな感じでございます」

 ルチアは説明するために、ハンカチを使ってテーブルの上に再現する。それはおよそ一般的なゼリー状の魔物の姿そのものだった。

 しかし、透き通ったという点がどうにも引っ掛かった。通常のスライムであれば、結構濁った色をしているという話である。城に詰める兵士たちの中には、実際にスライムと戦った者も居る。彼らの話からすれば、大体そういった感じの答えが返ってきていた。

 しかし、ゼリアは透き通っているらしい。ルチアは正直なタイプの侍女だ。嘘を言う事は考えにくい。王妃は俄然興味が湧いた。

 午後、ゼリアは王妃にお茶会にお呼ばれしていた。本当はかなり座学が入っていたのだが、王妃の声で日を改められる事になった。さすが王妃である。

 お茶会の場所だが、なんと王妃の自室である。王妃が呼んだ理由が理由なので、外部から見えにくい場所となったのだ。部屋にはルチアが待機させられている。

「お母様、私とお茶会とはどういうおつもりなのでしょうか」

 ゼリアはカレンというよりお姫様っぽく振舞っている。

「ほほっ、親子の会話がしてみたくなっただけよ。深い意味はないわ」

 王妃の方も、カレン相手というていで話し掛けている。というのも、王妃付きの侍女が部屋に居るからだ。彼女たちはカレンが別人にすり替わっている事を知らないのだ。

 だが、席に着いてすぐの事だった。

「カレンと大事な話があるので、あなたたちは外で待機してなさい」

 王妃がルチア以外の侍女を部屋から出させたのだ。これにはゼリアはびっくりしていた。

 人払いが済んだところで、王妃は改めてカレン、もといゼリアを見る。

「ゼリアさん、あなたの本来の姿を見せてもらえないかしら?」

「ほえ?」

 唐突な王妃の頼みに、ゼリアは変な声を出した。そーっと王妃の顔を見ると、曇りなき笑みを浮かべた王妃の顔がそこにある。どうやら冗談ではなさそうだ。王妃は本気で、ゼリアの本来の姿を見せて欲しがっているのだ。

 ゼリアはルチアを見る。すると、「諦めて下さい」と言わんばかりに首を横に振った。もう一度王妃の顔を見ると、さらに無言の圧を掛けられている。ゼリアに断る道は残されていなかった。

「……分かりました。いきますよ?」

 ゼリアがそう言うと、カレンの姿が半透明の青い姿となり、そのままべちゃんと床へと崩れ落ちた。着ていたドレスがそこへ覆いかぶさる。ゼリアは器用に体を動かして、ドレスを持ち上げてルチアに手渡した。

「まぁ、その姿がゼリアさんの本来の姿なのね」

 そこにあったのは、葉っぱに乗った朝露のような丸い物体だった。ルチアの証言通りの半透明の青くて丸い物体である。

「まぁ、可愛らしい姿だこと」

 王妃が子どものようにゼリアに駆け寄って、指でつんつんと突いている。

「く、くすぐったいです、王妃様」

「あら、喋れますのね」

「はい。私やグミは普通のスライムとは違って、念話だけではなく魔法を使って声を出す事ができるんです」

「まぁそうなのね。ふふっ、他にもいろいろ教えてほしいわ」

「は、はぁ……。答えられる範囲であれば」

 というわけで、しばらくは王妃からの質問攻めを食らうゼリア。宣言したとおり、答えられるものは律儀に答えていった。

 ある程度答えたところで、ゼリアはカレンの姿に戻る。その際、素っ裸になっている事を伝え、戻ったところでルチアにドレスを着つけてもらっていた。

「あの青い物体が娘の姿にちゃんと変わるなんて、本当に不思議ね」

 変身の様子を見ていた王妃は、素直な感想を漏らしていた。

「私もそう思いますよ。人間に擬態すればちゃんと髪や歯や骨なんかも生成されますし、切られればちゃんと血も流れるんですから」

 ゼリアやグミの擬態は、本人たちにも謎な能力のようだった。

「今日は本当に有意義だったわ。私のわがままに付き合わせてごめんなさいね」

「いえ、私に逆らう余地なんてございませんから……」

 笑顔の王妃を直視せずに、怯えたように顔を背けているゼリア。カレンによって、王家に逆らえば消されるという誤った認識がこびりついてしまっていたのだ。その様子を見た王妃は、立ち上がってゼリアを後ろから抱き締める。

「怖がらなくていいのよ。今のあなたは私たちの家族。困った事があったらいつでも頼ってちょうだい。ね?」

 突然の事に、ゼリアは固まってしまった。そして、しばらくすると冷静さを取り戻す。

(……これが人間たちじゃ当たり前の事なんだろうか)

 そう思ったゼリアは、

「そうですね。お言葉に甘えさせて頂きます」

 抱き締める王妃の腕に、そっと手を置いてそう答えた。

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