7への執着
四葉みつ
第1話 7への執着・1
旧友の
「予告状?」
彼は事務所内に入ってくるやいなや、豪邸に予告状が届いたと告げた。
しかしそんなことを唐突に言われても困る。私の事務所では、警察からの仕事は請け負っていない。そもそも警察組織は民間に助けを求めないだろう。
私は眉根を寄せた。
「そういうのは警察官の仕事じゃないのか?」
「それが、お前をご指名なんだよ」
「……俺を?」
私はビニール袋に入れられたままの予告状を、奪い取るようにして手に取った。
明朝体で印刷されたその文字に目を走らせる。
『
当日 警察官・日向寺樹との会話を望む』
そこには確かに私の名前が書いてあった。
宗太郎はため息交じりに口を開く。
「犯人は知らないんだろう。お前がすでに警察を辞めていることを」
「むしろこの書き方だと、俺が共犯に思われても仕方ない気もするが」
「そんなことを思う奴は警察にいないさ。お前のこれまでの貢献度は皆知っているんだから」
「で、俺の名前が書いてあるから当日の警備に協力しろ、と」
言いかけたところで宗太郎は頷いた。
古巣のよしみで手を貸さないわけではない。
しかし。
「しかし7月7日はだめだ」
「……わかってる」
私の言葉に、宗太郎は生真面目な表情で頷いた。
この日だけはどうしても外せない。年に一度の大事な日、命日なのだ。
しばしの沈黙が訪れる。
このまま重苦しい雰囲気になりそうだったので、私は話題を変えるべく口を開いた。
「この『
「俺も詳しくは知らないけど『七大秘宝』っていうのがあるらしい。それの7番目に指定された鏡だから七鏡だとさ。見た感じ、普通の手鏡にしか見えなかったけどな」
「1から6までは大丈夫なのか?」
「ああ、盗まれた形跡もない。ちなみにこの日下邸には七大秘宝の全てが揃っている」
「犯人はなぜこの七鏡だけを狙うんだ? 七にこだわりでもあるのか……」
そもそも予告している日付や時間が『7』だらけだ。午後7時ならそこそこ明るいが、犯人は逃げきる算段があるんだろうか。
私は手元の予告状をひらひらとかざす。
「ビニール袋に入れてあるってことは、当然指紋やら何やら鑑定したあとなんだよな」
「ああ。当然ながら指紋はなし。インクも紙もよくある市販のものだった。印字された明朝体もパソコンに最初から入っているフォントで、これといった特徴はどこにもない」
「郵送で届いたんだよな。消印はどこになっていた?」
「いや、郵便局は通過していない。切手も貼られていなかったから、そのまま屋敷の郵便受けに入れられていたようだ」
「防犯カメラは設置されてなかったのか?」
「あったよ。確認したけど、怪しい人物は映像には映っていなかった」
映っていたのは家族が出入りする姿や表の通りをランニングする者などが主で、時折、宅配業者や郵便局員が映り込んでいるだけだったと宗太郎は言う。
私は再び予告状に視線を落とした。
「俺がこの屋敷に行かなかったらどうなるんだろうな」
すでに盗むと宣言しているのに、私が赴いたところで「じゃあ盗むのはやめます」とはならないだろう。
宗太郎は身体の前で組んでいた腕を組み直しながら質問する。
「そもそも、なんで犯人は
「仕事柄、ありすぎて見当もつかないな」
「そうだよな。俺もそうだ」
探偵になってからはそうないだろうが、警察組織に従事していた頃は多くの犯罪も検挙した。当然、犯人から恨みを買うこともある。
その結果が、過去の7月7日の悲劇でもあるのだ。まさか、今回の予告はあの日の事件に繋がっているとでもいうのか。
7年前の7月7日。その日は非番で家にいたが、旧友の宗太郎に呼び出されて急きょ署へ出動することになった。その真夜中に悲劇は起こっていた。
自宅が炎上したのだ。建物の壁や庭には灯油を入念にまかれた跡があり、完全な放火だった。
家の2階では妻と子供が眠っていた。当然、助からなかった。
私があのとき家にいさえすれば、と何度後悔したか分からない。
その事件と、今回の美術品盗難予告が繋がっているとでもいうのか。まったく接点が思い当たらない。
「とりあえず
「悪いな」
宗太郎は次の呑みの約束をして署へと戻っていった。
7への執着 四葉みつ @mitsu_32
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