第38話 不燃の火

「全然できないよエバンス……もう一回やり方教えて……」


 一度叫んで気持ちが切り替わったのか、今度はだいぶ落ち込んだ様子でエバンスに助言を求めるキゼル。

 彼女のその呼びかけに応え少し困ったような笑みを浮かべながら話し始めるエバンスの様子を、僕とリテは観察していた。


「火の物質化……キゼルさん、苦戦してますね」

「そうだね」


 最初の課題に向き合ってきたこの一週間、僕やリテ、ソファトの三人は成果が出ているのに対しキゼルだけは全くと言っていいほど進展が無い。

 修練を初めて三日目くらいまでは楽しそうに未知の領域に挑戦していたのだが、それ以降も全く変化が訪れないことにだんだんと飽きや不安が訪れたのか、日に数回はそのストレスを何らかの形で発散していた。

 エバンスはそうなることを見越していたのかずっとキゼルの近くで見守っており、ほとんど付きっきりになっている。


「“火球かきゅう”……やっぱり出来ない。使うときに何度か試してるけど、全然できる気がしないよ」


 視線の先で“火球かきゅう”を発動させているキゼルとエバンスを真似て僕もやってみたが、いつも通りめらめらと燃える火の玉が出来るだけで変化は無かった。


「私もです、そもそも燃えない火って意味が分からないですよ」

「燃えない火、か」


 前世の事を思えば火を象った物や火を模した光源などは確かにあった。

 あれらも燃えない火と言えるけど、この課題のゴールは燃えない火を元に燃える火を発生させることだとエバンスは言っていたし、最終目的とかみ合わない。


「キゼルさん……」


 心配そうにキゼルを見つめ、氷を握りしめるリテ。

 二人は特に打ち解けるのが早かったし、性格も合っていたので仲良く話す姿をよく見かけていた。

 リテは実家でも兄姉や年上の同門の弟子がいるらしくキゼルの姿をそれと重ねており、キゼルも弟妹がいるので面倒みよく接していて本当の姉妹のようだった。

 そんなキゼルが日に日に弱っていき、食事時などで浮かべる笑顔にも力がなかったことを思えば心配して当然だろう。


「ちょっと無理しすぎてるね」

「何とか休ませてあげられないでしょうか」


 実際リテの心配を少しでも取り除くために僕や父上が血統技能で定期的に体調を確認していたのだが、その度にキゼルは異常がないことを盾により一層課題に打ち込んでしまう。

 それが分かってからというもの、修練中に僕がこっそり確認するよう父上から言われている。


「やり遂げるまでは止まらなそうだ」

「そうですか……念のため診てもらえませんか?」

「わかった、そろそろ昼食にもなるし診ておこうか」


 血統技能で診るまでもなくキゼルの顔色は良くないのだが、それを言ったところで彼女は止まらない。

 それでもさすがに食事を抜くことはしないので、このタイミングで診ておくのが最良と思い血統技能の“生体内図解せいたいないずかい”を使う。

 視界に映るキゼルとエバンス二人の身体が空洞の人体模型と成り代わり、少しづつ色がついていく。


「……うん、疲労は溜まってるみたいだけど健康そのものだね」

「そうですか……」

「食事の時に休めば疲労は回復すると思──う?」


 血統技能を解除する直前、視界の端に映るエバンスの身体に視線が引き寄せられる。

 その身体を染めている色は健康を表す緑色ではあったが、右腕の肘から先だけ色が極端に薄くなっていた。


「ど、どうしたんですか!?キゼルさんに何かあったんですか!?」

「あ、いやいや、それは本当に大丈夫だから。キゼルも勿論エバンスも健康だから安心して」


 悲鳴に近い声を上げながら縋ってきたリテに驚き、思わず血統技能を解いてしまった。

 狼狽する彼女を宥め、落ち着いたことを確認して改めてキゼルとエバンスの二人を見る。


「二人とも“火球かきゅう”を使ってる」


 改めて自分でも右手に“火球かきゅう”を発生させ、その右手を血統技能で診てみる。

 色はいつも通り僕考案の新技能を使っているので、所々微かに緑が見える黄色だし薄くなるようなことも無い。


「あれが何かのヒントなのか?」

「ヒント、ですか?」


 僕の言葉を繰り返すリテに頷きを返し、自分の右手と“火球かきゅう”を診ながら試していく。

 魔力を送り込む速度を変えてみる、火は揺らめくがしかし黄色に変化は無い。

 一度に大量に送り込んでみる、火は大きくなるがやっぱり大した変化は無い。

 火を模した光源を想像し魔力で火の輪郭をなぞる、殆ど燃えたが少し残った。

 蠟燭が右掌から生えるようにイメージして魔力塊を動かす、少し色が薄まる。


「こうか」


 一度火を消し、掌から溶けた蝋が湧きだすイメージを作る。

 目には見えないが確かに身体の魔力が抜けていって掌に溜まるのを感じ、それで“火球かきゅう”の輪郭を描きながら中身も満たしていく。

 いつもよりごっそりと身体の魔力を削っていくのを自覚し、腕の黄色が薄まっていくのを血統技能で視認する。

 そうして魔力を込め終わった“火球かきゅう”はいつも通りの見た目でそこに存在し、不燃の火に手を触れて成功したことに安堵した。


「よし、できた」


 何度か手で引っ張って伸ばしてみたり、お手玉の様に宙に放り投げてはキャッチする。

 それを横で見ていたリテは元から大きい両の瞳をより大きく見開き、声を出せずにいた。


「お、お見事です。坊ちゃま」


 いつの間にこちらの様子に気が付いていたのか、エバンスとキゼルも合流してとても驚いた表情を浮かべていた。


「エバンスを血統技能で診たのと、あとはソファトと話したおかげかな」

「ソファト様とですか?」

「うん、彼女に水の生成と火の発生を見比べさせてもらったからね」

「さ、左様でございますか」


 エバンスはいまいち理解しきれないと言った顔で向こうにいるソファトを見やる。

 実際、ソファトに話した『周りから何かをかき集めて火を発生させる』の反対の事を意識してやってみたらうまくできたのだから嘘ではない。


「ラトゥ」


 こちらをまっすぐ見つめながら僕の名前を呼ぶキゼル。

 その顔にはかなり疲労の色が見えるが、それでも気合に満ちた真剣そのものの表情だった。


「アタシにもやり方教えてくれる?」


 上位貴族として見せていた真面目さとも違う、ぴんと張った弓の玄みたいに張り詰めた空気を纏う彼女と、僕の事を友達と呼んでいた姿は重ならない。


「もちろんいいよ、キゼル」

「ありがとう、よろしくね」


 ゲームでも見なかったその姿に胸が熱くなるのを感じながら微笑みを返す。

 彼女もふわりと笑って頷くと、いくらか軽くなった表情を浮かべながら緊張した空気を霧散させてまた口を開いた。


「でも先に、お昼ごはんにしない?」

「僕もそう言おうと思ってた」


 そう言ってすぐに笑いあう僕らの間には、友達としてのいつも通りの空気が戻っていた。

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