第37話 修練同期、課題の進捗
「なので雷を纏うときは、少ない魔力で長時間維持できるようにするのが大事ですね」
両手にそれぞれ異なる材質の棒を持ちながら地面に座り、温度調整をしているリテがそう締めくくる。
エバンスに課題を与えられて一週間。複数の物質を一定の温度に保つ方法を段階を踏んで教える僕に対し、彼女は雷属性の制御や技能について知っていることを片っ端から教えてくれた。
「課題に影響が出ない程度の少量の魔力で発生させることはできるようになったけど、維持が出来ないんだよなぁ。火属性とは根本的に感覚が違う気がする、“
リテの横に座りながら、右の掌を空に向けてその上に小さな火の玉を作り出す。
火属性の基本的な技能である“
また新しい技能を覚えるのかと思ったがそうではなく、“
「そうですか?どっちも『ふんっ!』てやれば出来ると思いますけど」
「ん~、僕の頭が固いのかも。リテは本能的に使い方が分かってるのかもね、僕の助言を吸収するのも早いし」
「えへへ、そうですか?ってあちっ!高すぎた!」
褒めたせいか温度調整から意識を外してしまったリテが、一気に高温になった棒を地面へと落とす。
熱のせいで掌にある肉球がほんのり赤くなっており、それを冷ますように小さな口で懸命に息を吹きかけていて、目元にはうっすら涙が見える。
「大丈夫?ちょっと診せて」
「はいぃ」
外見は少し赤くなっているだけだし、血統技能で見てみても火傷にはなっていない。
これならすぐに冷やせば明日には治るだろう。
「ど、どうですか?」
「うん、冷やせば問題ないよ。ちょっと待ってて」
立ち上がり、庭の端に生えている大きな木へと向けて歩き出す。
その木は僕の日課である早朝の瞑想に使っている場所で、昼間には木陰の気持ちいい休憩所としても活躍している。
「ここ、いい場所だよね」
その木の根元に座る人物に話しかけ、僕も座っていいかと目線で確認する。
相手はそれに答えることなくしばらく無言で僕の事を見つめると、観念したかのように大きなため息を一つつく。
「……何の用?」
周囲に人がいないことを確認する為か何度かきょろきょろと視線を動かしたソファトは、短くそう告げると僕から視線を外して汗をぬぐい始めた。
それを了承ととって彼女と同じように腰を下ろす。
「実はリテがちょっと失敗しちゃって、氷を作ってもらえない?」
「嫌よ、そんな余裕ないもの」
取り付く島もなくバッサリと言い捨てるソファト。
彼女は課題である熱と火の制御があまり進んでおらず、その焦りからか修練の為の魔力を無駄遣いしたくないという思いがあるのだろう。
まあ、きっとそれも理由の一つでしかない。この一週間での彼女の行動を思い返せば他の理由も思い当たる。
「エバンスから助言を受ければいいのに」
ソファトは課題が出されてからの一週間、誰かに助言を求めたり積極的に関わる姿を見せなかった。
最初はその方が集中できるからなのかと思っていたが、ここまでその成果が出ていないので単純に他人と関わりたくないだけなのだと思う。
「効率悪いでしょ?」
「そうね」
これまたあっさりと認め、自身の魔力から掌に水を生み出しそれを飲み干したソファトは相変わらずこちらを見ることはなく、そのまま水の無くなった手から小さな火を発生させた。
「でもこの通り進歩はしてるの、前まではこんな小さな火すら起こせなかった……って、なんで無言なのよ」
僕はじっと、彼女の生み出した火を見つめる。
小さいから馬鹿にしているとかじゃない、火そのものよりその発生に違和感を感じていたからだ。
「ソファト、反対の手で水を作れる?」
「できるけど、急に何?」
「なんかさっきの水の生成と今の火の発生に大きな違いがあった気がしたから」
「違い……?」
疑惑の目を向けてくるソファトだったが、僕のいった違いとやらが知りたくなったのか反対の手を器の様に形作り、その中にもう一度水を生み出した。
やがて生成された水の水面から波紋が立たなくなるまで注視し、疑問が解消した僕はすっきりした表情でソファトを見た。
「この水、ソファトの魔力だけで作ってないよね?」
「はぁ?」
「生成される時、掌から湧き出たっていうより周りから集まってきたように見えたから」
「そんなわけないでしょ?私が掌に魔力を集めて、その魔力を変換して水が生み出されたんだから」
「じゃあ消費した魔力と作った水の量って同じなの?魔力の方が少なくなかった?」
「魔力に重さなんてないでしょ、比べられないわよ」
「体内から減った魔力の量は感覚でわからない?それと同じだった?」
「それは……」
「僕の予想だけど、火を作るときは消費した魔力と発生した火の大きさが同じか、又は魔力の方が多く減ってるんじゃないかと思うんだけど、どう?」
「っ!」
つい一気にまくしたててしまったが、僕の疑問は解消された。無言で目を見開くソファトの表情を見れば、予想が当たっていたことは一目瞭然だ。
「水の時と同じように、火を発生させる時も周りからかき集めるって意識した方が良いのかも」
「……かき集めるって、何をよ」
「そこまでは分からないけどさ、もしかしたら魔力ってそこらへんにたくさん浮いてるのかもね。それを集めるつもりでやればいいんじゃない?」
「簡単に言うわね」
呆れた様子で苦笑いを浮かべるソファト。
そんな風に言われても、魔力の正体なんてゲームでも明かされなかったし我が家の資料室にもそういったものは無かった。
前世の知識がある僕からしたら、水を生み出すときに集まってきたのは空気中の水蒸気だったり、酸素と水素が化学反応を起こした結果水になったりと色々考えられるんだが、それもちょっと違う気がしている。
先日のソファトとの三回目の手合わせの時、ソファトがあれだけ水を使って“
それは審判として近くにいたエバンスにもそれとなく聞いて確認している。特に乾燥したり、息がしずらかったりはしなかったそうだ。
「でも何か糸口にはなったでしょ、だからその左手の水で氷作ってくれないかな」
「……まぁ、せっかく作った水を無駄にするよりはいいわね」
そう言って水を宙に浮かせ、形を整えながら温度を下げて氷を作ったソファト。
それをこちらに投げ渡すと同時に彼女は立ち上がり、何も言わずに木陰から出ていくとまたもくもくと課題に向き合い始めた。
「ありがと!」
そんなソファトの背中にお礼を言って立ち上がり、少し駆け足でリテのところまで戻ると氷を手渡す。
それを受け取ったリテはその冷たさに気持ちよさそうな表情を浮かべた後、何かに気が付いたような顔で口を開いた。
「ラトゥさんはソファトさんと仲がいいんですね」
「そうかな?リテも手合わせしたら話せるようになるんじゃない?」
「ふふ、そうかもしれません。でも、こんなに丁寧に作り上げた氷を譲ってもらえる自信は無いですね」
改めて氷を見れば、それはリテの手でも持ちやすいように滑らかな凹凸が付いていて、滑って落としたりしないような配慮がされていた。
それが果たして僕の顔を立ててくれた結果なのか、リテの事を思いやったからなのか。はたまた水属性の練度を上げるための練習だったのかは分からないが、気を使って仕上げたであろうことは確かだった。
「まあ、氷の簪を作るくらいだからね」
「え!いつか見て見たいです!」
「うわぁあああああ!!!できないぃぃぃぃぃ!!!」
突如上がった大音量の奇声に思わず身体が跳ねる僕とリテ。
その拍子にリテの手の中から飛び出した氷を慌てて捕まえようとするリテを微笑ましく思いながら声の発生源に視線を向けると、そこには一つの“
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