第28話 ソファトと手合わせ ~三合目・激闘終結~
眼前に槍が迫る。
しかしそれを認識した時、すでに右手が柄に触れて受け流している。
そのまま滑り込むように相手の懐に入り込み拳を突き出せば、水の塊に阻まれ飛沫が上がる。
「ちっ!また!」
ゆがんだ表情で周囲に飛び散った水滴を睨むソファトは、そのいら立ちを隠す素振りもなく槍を振りぬいて追撃から逃れようとする。
その一撃が振るわれるのと同時、僕はその被弾区域から何とか抜け出し、槍を構えなおされる前に再び前進した。
「いい加減、止まりなさいよっ!!」
全力で迫る僕よりも速く、水流の力を上手く使ったソファトが素早く槍を構えなおし、迎撃するための突きを繰り出す。
「まだまだ!!」
目線や水流の動きから、突きの狙いは胴体。
さっきの顔面狙いの突きと比べると踏み込みの位置は浅め。
そうすると足幅は狭め、重心は後ろ足に残していて反撃警戒の回避体勢。
上体はやや抑え気味の前傾姿勢、後ろ手は引き付け意識でやや強く脇をしめている。
足止め狙いの連続攻撃だ、左足を出すと同時に上半身を半身にして回避しながら熱で周りの水を蒸発させ、そのまま前進する。
「あぁもうっ!!」
初撃が避けられ距離を詰められたソファトは槍を引くと同時に飛び退き、槍の間合いを維持する。
なお距離を詰める僕に向けて放たれた牽制の一撃を無理やり上体を反らすことで避け、体勢を整えて再び走り出すころには彼女も次の一撃を放とうと柄を握りこんでいた。
「“
「くっ!」
狙いは肩口、超速の突き、全体重を乗せた重撃。
この攻撃だけは全力で回避してやっとかすり傷で済む程度、まだまだ鍛錬不足のこの身体では即座に反撃できない。
それでも可能な限り速く攻撃に移らなければならない。
でないと永遠に勝てない。
「はぁっ!!」
「ちょっ!もう!」
彼女の狙いは二つ。
一つは僕に一撃入れて気絶させること。
もう一つは常に大量の水で“
「邪魔っ!」
「ならよかったっ!」
一つ目の狙いの方は現状何とかなっても、もう一つを果たされたらどうしようもない。
だから僕は必死こいて攻撃や回避の時に地道に水を減らし続け、その水を補充させないようにひたすら攻め続けて邪魔をするしかない。
そして技能が維持出来ないほどまで削った後一発叩き込んで、勝つ。
「なっ!?やっぱり狙ってやってたの!?」
「そうしなきゃ勝てないでしょ!」
「っ!ふふっ」
ふいに笑った彼女は構えを解いて槍を地面に突き刺した。
「は~やめやめ」
そして清々しい表情で言い放つと背後を護っていた水イルカが潜水するかのように地面へ向けて泳ぎ出し、そのまま大きな水溜まりへと姿を変えた。
その状態から即座に攻撃に移ることができる技能ではない、不意打ちの可能性は無いと判断して僕も構えを解いて話しかける。
「僕の粘り勝ち?」
「違うわよ」
不機嫌そうにそう言って、後ろで縛っていた髪をほどいた。
その長髪を両手で器用に結い上げながら水属性で空中に水を生み出し、形を整えながら温度を下げて氷柱を作った。
「守り勝ちを狙うのはもうやめたってだけ」
あれほどの量の髪の毛が驚くほどコンパクトにまとまっていき、最後に氷柱を簪として髪に差し込んで固定したソファトは軽く頭を振って出来栄えを確認すると満足そうに笑って地面から槍を引き抜く。
「ここからはひたすら攻める。貴方を打ちのめして勝つ」
構えが整っていくのと笑顔が獰猛になっていくのは同時だった。
「“
「くぅっ!!」
そこからのソファトは牽制を使わない全身全霊の突きのみで攻めを組み立て始めた。
突きを加速させた水流を瞬時に逆流させて手元に引き戻し、すぐさま次の一撃を水流に乗せる。絶え間なく浴びせられる槍がまるで濁流の様に押し寄せ、全力での回避を強要してくる。
しかし、段違いに上がった攻撃の回転率が苦しめたのは僕だけじゃなかった。
「ぅくっ!はぁああああ!!!」
まだ未熟な身体では到底実現しえない速度での連続の全力突き。肉体にかかる負荷は許容できるものじゃなく、筋繊維は景気よく千切れ、骨は軋んだ悲鳴を上げる。
そんな身体を支える為に、繊細な水流操作を体全体に施してなお攻めるソファト。
槍を覆うだけならいざ知れず、体勢を維持するためにも使うせいで集中力までもゴリゴリと削れていた。
「つうっ!ぉおおおおお!!!」
避けきれず頬に真っ赤な線が浮かび上がる。
水流で槍だけでなく身体の動きすら加速させる、ゲームで言えば中盤以降の戦闘術。それを不完全とはいえこの段階で形にして戦う彼女を素直に称賛する。
本来僕の身体では到底捌ききれるものではないが、自身の痛みや疲労によって集中がそがれているソファトは攻めの勢いが強くなった代わりに精度が落ちた。
僅かに狙いからそれる一突きが放たれる。
それを水の動きから見極めて掠る覚悟で最小限に回避して距離を詰める。
「ぐっ!」
「お゛ぇ」
そのままソファトの脇腹に拳を突き出すことに成功するが、追撃を放つ前に振るわれた引き戻しながらの片手の薙ぎ払いに腹を打たれた。
反撃の餌食となった僕は勢いそのままに後ずさり仕切り直そうとしたが、彼女はそれを見逃さなかった。
「やあああっ!!!」
何本、何十本と放たれる超速の突き。
何十本と掠り、何本かをぎりぎりで回避して水を蒸発させながら食らいつく。
互いに一撃食らったせいで動きの精細さは落ちているが、ソファトの動きは回数を重ねるほどに洗練されていき動きの鈍った僕を追い詰め続ける。
「あ……」
そして先に僕の限界が訪れた。
ソファトの生み出した水を蒸発させることで体温の上昇を調節していたが、今の彼女の激しい攻撃の合間では到底実行できない。しかも常に動き回っているせいで自然と体温は上がっていき、ついに耐熱特性を上回った体温によって僕の思考がまとまらなくなり、僅かに動きが止まってしまった。
「ぅらぁっ!!!」
その隙を彼女が見逃す訳がなく、朦朧とする意識で鳩尾へと延びる槍を捉えながら、僕の頭は真っ白になる。
「──え」
けれど棒立ちで打ちのめされることは無かった。
僕の意思とは別の何かが身体を導き、腹に向かって伸びてくる槍に左手を添えるよう動かす。
そして槍の纏っている水流に触れる瞬間、左腕全体から眩しいほどの電気を生み出す。水流は槍ごと左手に引き寄せられるように動きを変え、
「っ!?」
驚愕の表情を浮かべるソファト。
全力の乗った一突きが急に方向を変え、僕の左わき腹を掠るように流れていく。
突きの勢いのまま距離が詰まった彼女の下あごに僕の右拳が軽く当たり、軽く骨に当たったような音がした直後、ソファトは水の制御も握力も失ってしまったのか、手放してしまった槍が数メートル先の地面に突き刺さった。
「うぐっ」
短い悲鳴をあげ地面に投げ出されるように倒れたソファトは遠くに刺さった槍を数秒見つめた後、僕に視線を移した。
僕を見上げるソファトと、彼女を見下ろす僕。
激戦の熱を冷ますようにたっぷり時間を要した後、沈黙を破ったのは彼女だった。
「参った……私のまk──は?」
驚愕、悔しさ、諦め、それらを混ぜ合わせたような表情で彼女が放つ『参った』の言葉。
それを聞いた僕はあっけなく意識を手放して地面へと倒れこみ、それを見つめる彼女は茫然としていた。
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