第9話 この世界で生きる準備
「さてと。そろそろ始めようかな」
昼食を満喫し、長めの食休みを挟んでから訓練を再開する。右手の手の平を脚に当てて”雷属性”を使う。静電気にも満たない威力を少しづつ強めていきながら、昼食前に試した”火属性”のことを振り返る。
”火属性”で体温を上昇させる方法は、思ったより弊害が多かった。
一番大きな問題は体温を上げられても下げることができないこと。自然に下がるのを待つしかなかった。しかも、無理やり上げているせいかなかなか下がらない。おかげで、平熱に戻るまで食休みをとる羽目になってしまった。
他にも食欲が落ちたり考えがまとまらなかったり、足元も少しおぼつかなくなったりした。今後は食事の前に試すのはやめよう、せっかくの食事を楽しめなくなってしまう。
「いっ!?つ~!げほっ!うぇ」
そうして夕食の時間が来るまでを”雷属性”を知るために使う。と決めて早速訓練を始めたものの、もう挫けそうだ。
「まだ慣れてないから調整も下手だろうけど、それにしたって少しの差で威力が変わりすぎじゃない?」
僕が”雷属性”で試したいのは、筋肉に電気の刺激を送って体作りの手助けをしたり、神経に伝えられた痛みが伝達するのを電気の刺激で阻止すること。
今のうちからうまく調整できれば、勇者達の赴く戦場に着いていける体を作ることもきっと夢じゃない。
「電気が流れると体は硬直して動かすどころじゃないし!痛みを抑えるどころかめちゃくちゃ痛い!」
”属性”や”技能”を使うときには一般的に魔力を使うと言われている。魔力はこの世界のありとあらゆる生き物の体に宿っていて、その才能によって扱える量が変わってくるとか。ゲームの時はMPとしてステータスに記されていた。
僕はいまいちその魔力というものを掴み切れていないせいか、出力の調整がかなり適当になってしまっている。その調整も、この体が無意識にやっているように感じる。
”火属性”の時は体温を少しずつ上げることを意識し、魔力をなんとなくで注いでも温度の上昇が一定の速さだったから制御できていた。これは勘になるけど、温度を上げる為にどれだけ一度にたくさんの魔力を注いでも、人体発火は起こせないかもしれない。
だが”雷属性”は変化の速度が”火属性”の非じゃないほど速い。『まだ強めの静電気ぐらいの威力だし』と思って大雑把に魔力を込めた瞬間、スタンガンにランクアップする。
「ふぅ、ビビって脚で試しておいてよかった。胸だったら最悪死んでたかも」
じゃあもう一度、とはさすがにならない。ある程度は体で覚える必要があることは覚悟していたが、ここまで手探りとなるとさすがに効率が悪い。
「ゲームの時は魔力なんてただのポイントだったから、それの操作に苦戦するなんて考えてなかった」
何はともあれ基本を疎かにはできなさそうだ。となればまずは魔力について知るところから始めてみよう。
──────────
「来てくれてありがとうエバンス」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。坊ちゃまに頼られるのは執事冥利に尽きます故、大変嬉しゅうございます」
何かを知りたければエバンスに聞く、これが今は一番早い。
この世界を外から見ていた僕はここに生きる誰よりもこの世界に詳しいが、同時にここで生きるのに必要なことは何も知らないのだ。であれば、長く生きてきた者に聞くことでそのハンデを無くしていけばいい。
「魔力について知りたいと伺っておりますが」
「うん、どうにも魔力のことがわからなくて」
魔力という目に見えないものをどのように捉えているのか?
父上や母上、他の皆もどう魔力を操って”技能”を使っているのか?
魔力には種類があり、各属性に対応した魔力が存在するのではないか?
あるいは魔力なんて存在せず、”技能”の使用には別の何かが要るのではないか?
「ふむ……申し訳ありませんが、そういう事だとあまり力になれないかもしれません」
「え」
なんてことだ、あのエバンスに分からない事があるのか。
「私の感覚で言わせていただくと、魔力は確かにここにあるのです」
そう言いながら自分の胸に手を当てるエバンスに嘘を言っている様子は無く、今まで生きてきた中でその存在を確信しているようだ。
それでも僕はいまいち信じきれなかった。
僕にとって魔力は空気のようなもの。目に見えなくともそこにあるんだと言われているからそうなのだろう、という程度。本当は無いのでは?という疑問を拭い去る為に、いろんな実験結果や知識で囲い込んで、ようやく僕は空気の存在を信じることができた。
「それ以外に魔力があるっていう根拠は?」
「残念ながら、私は持ち合わせておりません」
「そっか」
今のところ魔力の存在に関する情報は二つ。”技能”を使う際に魔力を意識することが制御の目安となること、あのエバンスが僕への説明に他の知識を用いるまでもなくその存在を確信していること。正直エバンスが一切の迷いなく信じているということがかなり説得力を感じる。
「わかった、とりあえず魔力はあると思うことにするよ」
「ええ、いずれ坊ちゃまにも分かる時が来るでしょう」
「だといいな、そしたら次はどうすれば魔力を上手く扱えるか教えて」
「かしこまりました、”技能”を身に着けるおつもりですか?」
「うん、”血統技能”もね」
「それは教えるこちらも気を抜けませんな」
魔力の有無はこの際後回しだ、いくら理論をこねくり回しても”技能”や”血統技能”を扱えるようにならなきゃ意味がないし、この体で生き抜くために”特殊技能”も生み出さなくちゃならない。
勇者と違って、モブの僕はそこまでやってようやくスタートラインなのだから。
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