第4話 現実の恩恵
「さてと、とりあえずこんなところかな」
エバンスに色々聞いた翌日。それらの情報を加味しながらゲームでのこの世界のことを書き出す作業をしている。のだが、あまり進んでいない。
「うん!初期フィールドの魔物しかリストアップできてないや!記憶を掘り起こすだけでプレイしてる気分になるの、我ながら病的だ」
『全ての道、勇者に通ず~ArltB~』には良い思い出しかなく、一つの出来事を思い起こせば十も百も連鎖してしまう。ストーリーの初めから終わりまで、何度も何度も脱線しながら思い起こした時には窓から西日が差し込んでいた。だがこのゲームの恐ろしさはここで終わらない。
「記念すべき一週目の思い起こしはこの辺にしないと。あと百週分くらいはあるしね」
何を隠そうこのゲーム、主人公である勇者の育成パターンが何通りもあり、ヒロインのルート分岐も多岐にわたるので時間と愛さえあればいくらでも新鮮な気持ちで楽しめてしまうのだ。
病室暮らしだった前世の僕はその膨大な時間と超大な愛を込めに込めまくって周回する怪物だったといって過言ではない。
「固定で発生する大イベントは書き出し終了、ヒロインのルート分岐イベントも要は抑えたから、細かいルートの割り出しは五年後の学園入学後からかな」
思い起こしている間、画面でみたシーンを肉眼で拝めることを想像して、何度も思考が飛びまくったけどまぁしょうがない。幸いなのはその作業中に誰も部屋に入ってこなったことかな。
「まだ夕食までは時間があるし、先に魔物の情報を整理しちゃおう」
ここからはこの世界でエバンスから得た情報も合わせていく。
「何より一番重要なのはステータスの概念が存在しないことだ」
ゲームと違い、現実で生き物の強さを数値化するなんてイレギュラーだらけでほぼ不可能だ。一流の戦士の死体が初期フィールドで見つかったり、三人以上で挑むべき魔物を一人で仕留める一兵卒など、生き物の強さは未知数だ。
一縷の希望を託して、我が家の血統技能“
さて、勇者をサポートするプランで一番有力なのが効率重視で速成すること。ゲームと違ってシステム的な縛りがないので、勇者のキャパが許す限り”技能”を詰め込むこともできるだろうし、非常にこのプランを推していきたい。
となるとやはり魔物や人のステータス化は必須に感じるし、この世界で戦う勇者以外の戦士たちに、正確な指針を示すことができる。決して自分のロマンの為だけに叶えたいわけではないのだ、決して!
「ステータスはシステムの恩恵だし、ないものねだりしてもしょうがない、か。ん~でもこの知識は絶対役に立つし、いやでも変に型にはめようとするとイレギュラーで事故起こりそうなんだよな~」
「事故ですか、それは大変ですね」
「うん。やっぱり人の命がかかっているから、ちょっとの危険も気になっちゃ──」
ん?
「ご夕食をお持ちいたしました、坊ちゃま」
「あ、ありがとうシェリカ。そっか、もうそんな時間なんだね。早速頂くよ」
つい焦って早口になってしまったのを、ハハハと乾いた笑いで誤魔化しながら勉強机から食事用の机へと移動する。シェリカもさすがに怪しいと思ったのか若干眉をひそめていたが、何も言わずに僕の前に夕食を配膳してくれた。
今日のメニューも素晴らしい!肉などのたんぱく質は最低限で消化に良いものが大半だが、それでもしっかり満足できる調理・味付けがされている。病人用の料理とは思えない!美味しい!
「ふぅ、ごちそうさま。今日も美味しかった」
「ええ、お言葉だけでなくその表情も料理長にお伝えしておきますね」
「う、ほどほどで」
クスリと上品に笑ったシェリカは食器を下げる準備を終えると、それらを持って部屋を出て──
「ところで、本日は一度も私をお呼びになられませんでしたが、体調が優れずお休みになられていたのですか?」
「そんなことないよ、朝昼晩の食事はシェリカの前で食べたし、今も元気だよ」
「では、あちらの机に答えがあるのでしょうか?」
「あぁ~っと、まあそうかな」
──行かなかった。
そこまで話してシェリカは黙ってしまい、僕の勉強机を凝視し始めた。気まずい訳ではないのだが、シェリカが僕の部屋にいて黙って何かをすることがなかったので二人で居てこんなに静かなのはなんだか新鮮だ。
「私には、お話しいただけない内容なのでしょうか」
「え?」
口を開いたと思ったら、初めて聞いた弱気な声だった。心なしか表情も暗い気がする。する?いやいつも通りのクールビューティーだ。
てっきり何をしていたのか問い詰められるかと思った、だって昨日驚かすかもって質の悪い冗談言っちゃってたし……あ、そうか。昨日色々手伝ってとも言ったくせに次の日に一度も呼ばれず頼られず、気になるのも仕方ないか。
「ううん、シェリカも見ていいよ。ただ昨日のエバンスの話をきいて思ったことを書いてただけだから」
「執事長のお話を?」
「うん、魔物の事とか戦士たちの事とかね」
小さく失礼いたしますと言って僕の殴り書きを読み始めたシェリカを改めて観察する。前世も含めてあまり多くの人と接してこなかった僕は、感情の機微に疎いと感じている。何せ、僕の愛した物語では口から出る言葉の他に、感情を表す言葉も同時に読めたから。そんなの現実じゃありえないのにね。今の僕では他人の口から出た言葉をそのまま受け取ることしかできない。その裏の感情まで察せない。
特に、同情や憐れみ以外の感情は。
「坊ちゃま!これは全て本日書かれたものなのですか!?」
「うわっ!そ、そうだよ」
「あっ、し、失礼いたしました」
「いいよ、それでどう?文字間違ってたりしなかった?」
「それどころではありませんよ!こ、こちら少々お借りさせていただけないでしょうか!?」
「わ、わかった、どうぞ」
「ありがとうございます!それでは失礼いたします!」
「わぁ~……」
僕の殴り書きをエプロンのポケットに丁寧にしまい込んだシェリカは、その丁寧さのかけらもないすさまじい速度と動作で夕食の食器を持って部屋を出ていった。
あの速度で食器を落とさないなんてどんな訓練してるんだろ?いつもは全然本気じゃないんだなぁ。いや、手抜きしてると思ってるわけじゃないけど。
「それにしても、ふふ」
『これは全て本日書かれたものなのですか!?』か。
本当に坊ちゃまが書かれたのですか?
とは、言わないんだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます