不運

虫十無

1

 ラッキーセブンはよく聞くけれどその由来まで知っている人はどれだけいるのだろうか。僕だってその由来は知らない。だからそれがひっくり返ることだってあるだろう、そう思ったのがいけなかったのだろうか。


 街中で七という数字を見ることはよくある。数字なんて十進法を使っている以上十通りの文字の組み合わせでできているのだからどんな形であれそのうちの一つに出会うことはそれほどおかしなことではない。

 客観的に見ておかしいのは僕の方だろう。七という数字に怯える、七という数字を避ける。どうしてそうなるのかわからないだろう。けれど僕はそこに無関心ではいられなくなってしまった。

 最初はいつだっただろうか。正直そのときは七と不運とを結びつけなかったのだろう。それもそうだ。僕は七と幸運だってまともに結び付けてこなかったのだから。

 だから考えるべきなのは、いつから僕が七と不運を結びつけるようになったのかという方だろう。それなら多分、あのとき。レシートに書いてあった合計金額の十の位の七に目が吸い込まれて、それと同時に歩道に突っ込んできたバイクに轢かれたとき。幸い当たり所が良かったから軽傷と呼べる程度の怪我しかしなかったけれど、どうして僕がそのレシートの七を見たのかだけはわからない。だって僕はいつもレシートをもらわないのに。


 七が笑う。にやにやと、けたけたと。僕は七に囲まれている。算用数字の七、漢数字の七、ローマ数字の七。いろんな七に囲まれている。見知らぬ文字もあるけれど、あれもきっと七なのだろう。全部の七が笑っている。ない口角をあげて、発せるはずのない声をあげて、笑っている。もういやだ、やめてくれ。

 目が覚める。夢だったのか。それはそうだ。あんな、あんな笑い方をするものがあるはずもない。まだ残っている。けたけた、けたけた。

 七と不運を結びつけた日からは早かった。七を見るとよくないことが起こる。事故と言えるのは結びつけるきっかけになったあれくらいだが、その手前と言えることは一日に一回くらい、それも七を見た直後に起こる。もちろんそれだけじゃなくて、例えば小指をぶつける、ドアノブに袖が引っ掛かる、床が濡れていてすべるというような些細な不運もぐっと増えた。そういうときにはもちろん七を見ている。

 七という数字だけを見ないようにすることは難しい。値札もあれば時計もある。値札は見ないわけにはいかないし、一番見る時計がデジタル時計であっても十分に一回と七時台と十七時台には七が現れる。

 結びつけてしまったのが悪いのだと考えてもみた。けれどやっぱりおかしいと思うくらいに不運が増えている。


 けたけた。また笑っている。七がまた笑っている。僕は叫ぼうとする。やめろ、どうして笑うんだ。僕の声は出ない。やめろ、ひときわ強く思う。そのとき、ばちりと音がして、目が開いた。僕じゃない。目の前の七の目、周囲の七の目、全ての七の目が開いた。見ている。僕を見ている。

 飛び起きる。やっぱり夢だ。けれどあの目を僕は知っている。知っているということはわかるのに思い出せない。あれは何の目だっただろうか。

 ばちり、ばちり、ばちばち。音が聞こえる。僕は目が覚めている、起きているはずだ。音のする方を見ると目がある。瞬きをしている。目だけがある。それはそうだ、七に実体はない。

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