zero-6話 精霊石を継ぐ者
返答は決まっていた。
不安もあったし怖さもあった。その臆病を乗り越えるために、私は小説の英雄の口調を借りる。
「やむをえまいよ……!」
ヴァルヴィンさんは私の首に精霊石のチョーカーをかけると、私に代わってゼロカさんの身体を支えた。
「どうすればいいの?」
私は胸元の石を見つめる。
「宣言するんだ、
私は精霊石に手を触れて、先程のゼロカさんの言葉を真似た。
「これより、
チィィ――ッ……。
精霊石が小さく共鳴し、光が灯った。
光の中から、星屑のような輝きが私の身体に吸い込まれていく。
「いいぞ、
「次は!?」
「唱えるんだ、
「
初めての呪文詠唱。うなじの毛がそそけ立つような感覚とともに、私の瞳の中に金色の光が走った。
光は糸のように踊り、文字を紡ぎ出す。
私のステータスが見えた。
『チエリー・パンス
魔力:170
生命力:80』
暗い森の情景に、光の文字が重なっている。
ヴァルヴィンさんの顔を見ると、彼のステータスも見えた。
『ヴァルヴィン・ウム
戦力:850
生命力:260』
そしてぐったりとしたゼロカさんの顔を見ると、ゼロカさんのステータスも見えたが――。
『ゼロカ・エフエ
魔力:50
生命力:0.5』
生命力が1を切っている。0.5だ。私たちの生命力と比べると、明らかに瀕死なのが分かった。
「……ッ!」
私は顔を上げ、煙幕が晴れてきた森を見回した。
すでに森は夜に包まれつつある。その黒い森の中に、いくつものステータスが浮かんだ。
『巨大蜘蛛 生命力:900』
『巨大蜘蛛 生命力:1,000』
『巨大蜘蛛 生命力:1,200』
『巨大蜘蛛 生命力:1,100』
『巨大蜘蛛 生命力:1,200』
魔物の姿は目ではっきり捉えられなかったが、魔法は鋭敏にその気配を察知して、ステータスを伝えてくるのだ。
ズウウウウウウゥゥゥン……。
私は振り返った。
森の上に広がる夜空には、星が出ていた。
その星空の一角が不定形の闇に切り取られ、真っ暗になっていた。
その闇に、ステータスが浮かぶ。
『
生命力:52,000』
あれが……!
あれが
星空を覆うほどの巨躯。そしてステータスの数値は、明らかに大きすぎた。
私の魔力170や、ヴァルヴィンさんの戦力850が通用しないのは私にも理解出来た。
「これからだッ! 配信はここから始まる!」
私の怯えた表情で察したのだろう、ヴァルヴィンさんが力づけるように声をかけてくる。
「最初は期待出来るんだ。新人魔道士の初配信は、たくさんの精霊さんが見に来てくれる……!」
その言葉が終わるのと同時だった。
私の瞳の中に、新しい文字が浮かんだ。
『誰ぞ?』『何が起きている?』『ゼロカはどうしたの?』『誰が精霊石を用いている?』『この子は新人なの! 私はずっと見ていた』
精霊だ! 精霊が私の瞳の中でメッセージを交わしている!
精霊は私たちが信じる、世界の守り主だ。
生きとし生けるものの全てに力を与えてくれる高位の存在と聞いている。
私も小さい頃から何度も精霊教会に連れて行かれたし、朝な夕なに精霊への祈りは欠かさない。
でも、精霊教会の司祭様ですら精霊を見たことはないという。
その精霊と、魔道士はこんな距離で交流できるのだ。
「来たか? 精霊さんに語りかけろ。急いで自己紹介だ。きみという人間を知ってもらうんだ」
ヴァルヴィンさんはゼロカさんの介抱に取りかかっている。真っ黒く変色した足を、布できつく縛っていた。毒の巡りを少しでも遮り、少しでも命の時間を延ばすために――。
私は精霊石に向かって語りかけを始めた。
「私の名前はチエリー・パンス。11才。ゼロカさんが蜘蛛の毒に倒れ、代わりに魔道士をやることになった――」
『なんだと!?』『代役なのか?』『幼し!』『無資格者なり』『今は資格とか言ってる場合じゃないの!』『脱法魔道士か!?』『おもしろっ!』『拡散!』
ざわめきのように精霊たちの言葉が飛び交う。
戸惑いの声や、無資格の批判や、逆にそれを面白がっている声。
精霊の性格も色々のようだ。
でも、私の味方をしてくれている精霊もいるのが分かる。最初に投げ魔力をくれた精霊かもしれない。
「語りかけを続けろ、精霊さんの心を動かすために。そして、投げ魔力を乞うんだ。味方が多ければ多いほど、たくさんの投げ魔力がもらえる。魔道士の力は、投げ魔力が全てなんだ!」
ヴァルヴィンさんの声に、私はうなずく。
さっきの二人のやり方も見ていたし、要点は理解出来ていたと思う。
分かりやすく伝えよう、私たちの窮状を。
そして精霊の心を動かして、応援してもらうんだ!
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