zero-5話 ゼロカの危機
私はハンカチで涙を拭い、膝を抱えながら事情を話し始めた。
「私は親に売られたんだ」
「「ええっ!?」」
二人は戸惑いの声を上げる。
「パパの酒代と引き換えに、村の大人たちのおもちゃにされてきた。でも私はバカだから、それに気付かなかった。誇らしいとすら思っていた」
「ま、ママはどうしてたの?」
ゼロカさんが前のめりになって聞いてくる。
「ママは……酒代が浮いて助かるわーって言って、新しいスカーフを買ってうきうきしてた」
「なんてこと……! 人の道を外れているわ!」
ゼロカさんの声は悲鳴じみていた。
ヴァルヴィンさんは深刻な表情で首を振る。
「うーむ。地方の村では、まだそういうことがあるのか。昔はよくあったんだ、食うに困って娘を娼館に売ったりすることが――」
何か勘違いされているようだが……。娼館っていうのは小説で読んだからまあ知ってる。
「それにしてもひどいわ! 11才の子を売るなんて!」
パパとママが悪人なのは変わらないから黙ってようと思ったけど、ややこしくなりそうなので、一応きちんと説明することにした。
「――と言うわけで私は……。嘘がばれてしまって……村から逃げ出してきたんだ」
二人は私の話を静かに聞いてくれた。村の大人たちのように、私のことを笑うようなことはなかった。
「……」
ヴァルヴィンさんはギッと歯を食いしばり、しかめっ面で目を閉じて、小刻みに震えていた。村の大人なら笑いをこらえている顔だろうけど、ヴァルヴィンさんはいい人なので、怒りをこらえている姿だろうと思った。
「大変な目に遭ったね」
ゼロカさんは私を抱きしめてくる。
泣いた後の頬に、ゼロカさんの肌はひんやりと心地よかった。
「大人は誰も信用出来ないし、世の中終わってるから、もう魔物に食べられて死んでもいいやって気分だった」
「そんなことないよ……」
「……?」
「世の中、そんな村ばっかりじゃないから。チエリーちゃんはまだ自分の村しか知らないから、世界に裏切られたみたいな気分になってるんだと思うけど……。世界はもっと広いから、大丈夫だよ」
「そうだろうか……?」
「そうだよ。その証拠に、私もヴァルヴィンもチエリーちゃんの話を笑おうとは思わない」
「あっ、うん!」
「それに私は、チエリーちゃんの好きな小説、読んだよ。私は好きだな、あの小説」
「本当に!?」
私は生まれて初めて、同好の士を見た思いだった。
「本当だよ。お話はだいぶ突飛だけど、設定にすごく真実味がある。あの本に出てくる魔法は、本当の魔法に似ているの……ハアハア……」
ゼロカさんは少ししゃべり疲れたように息継ぎをした。
「――だからあの本の作者は、すごく取材をして書いたんだと……ハアハア。それか、ひょっとしたら、作者は……ハアハア、ハア……」
「…………?」
ゼロカさんの次の言葉はなかなか出てこない。
ヴァルヴィンさんが異変を感じて顔を寄せる。
「ゼロカ? おい、どうした?」
彼女の身体に手を触れるが、返事はない。
「……」
ゼロカさんは病人みたいに力を失い、どん、と私にもたれかかった。
その身体はすごく冷たかった。
「えっ!?」
私は倒れかかるゼロカさんを支える。彼女は意識を失っていた。
「~~ッ! どういうことだ!?」
ヴァルヴィンさんが慌てて精霊石をかざし、その小さな明かりでゼロカさんの身体を調べる。
原因はすぐに分かった。
衣服の裾から覗く足が、真っ黒に変色していた。
「なにこれぇッ!」
私は声を上げた。
「毒だ……。蜘蛛にやられてたんだ。くそ、気付かなかった! なんか様子がおかしいとは思ってたが……」
そういえば、ゼロカさんは最初からずっと……息が乱れてる感じで、時折ハアハア言っていた。あれは蜘蛛の毒にむしばまれてたんだ。
二人は昨日の夜から戦ってたと言っていた。疲労でボロボロで異常に気づけなかったのかも知れない。
「薬は!? 毒消しの薬はないの!?」
「ないっ……。拠点に戻れば用意はあるが……おれの力じゃ森を抜けられないッ……」
「私、毒消し草知ってる! 森の中探せば生えてるかも!」
私は辺りを見回し、毒消し草のありかを探す。煙幕の効果は切れてきて、樹木の影が見えている。
だが――。もうだいぶ暗い。草葉の形が分からなくなるまでいくらもないと思った。
「毒消し草じゃ無理なんだ……。蜘蛛の毒は強い……」
ヴァルヴィンさんは悲痛に呻いた。
「そんなッ!」
私にもたれるゼロカさんが冷たくなっていく。
目の前で人が死のうとしている現実に、私は頭を揺さぶられた。
嘘がばれたやけくそで死んでもいいやと思っていた私だったが。死というものはこんなにも冷たく、受け入れがたいものなのだ。
それに……。ゼロカさんは私の話を笑わなかった。私が好きな小説を、好きだと言ってくれた。
「ゼロカさん、しっかりして! 寝たらダメだよ、寝たら死んじゃうよ、小説に書いてあった!」
私は必死に彼女に呼びかけた。
「ゼロカっ……!」
ヴァルヴィンさんはゼロカさんの頬を両手で支え、額をくっつけ合った。
祈るように、慈しむように――。
この人たち……恋人同士なんだろうか?
ヴァルヴィンさんの目には涙がにじみ、世界の何よりも大切なものを失うような苦しみがあった。
ズウウウン……。
地響きが聞こえた。
ズウウウゥゥン……。
いつから鳴っていたんだろうか? その地響きは、規則正しい間隔で鳴っている。
私たちの会話に遮られ、あるいは混乱のせいで気付かなかったのかもしれない。地響きはおそらく、ずっと前から聞こえていたのだ。
ズウウウウウウゥゥゥン……。
何か大きな物が、一定の歩調で近づいてきている。
私たちの命を刈り取るために、魔物がやってきているのだ。
「チエリーちゃん、頼んでいいかい……?」
ヴァルヴィンさんは唇を震わせながら言った。
涙声で続ける。
「ほ、本当はダメなんだけど。頼めるかい……?」
ヴァルヴィンさんは何か――、先程やりかけたこと以上のことを私に頼もうとしているようだった。
「何をすればいいの!? なんでもするよ!!」
ゼロカさんは冷たく重くなる一方だった。そんな彼女に、私が出来ることがあるというのなら……!
「精霊石は男には使えないんだ……」
ヴァルヴィンさんは精霊石のチョーカーを、私の首にかけながら説明する。
「精霊石は……女性ならだいたいが適性がある。誰にでも使えるんだ。でも、精霊石の数がものすごく少なくて貴重だから、厳しい試験とか、国の免状がないと使えない。許されてないけど……やってくれるかい?」
私は理解した。
ヴァルヴィンさんは私に、魔道士をやってほしいと言っているのだ。
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