zero-3話 始まる配信、ストリミオ
ドシャアアァァアアアアアッ!!!
巨大蜘蛛は真っ二つに切り裂かれ、黒い血を吹き出して森の中に倒れた。
「……!?」
私は振り返った。そこには、剣を振り下ろした姿勢で残心している剣士の姿があった。
剣士は、離れた場所から剣圧だけで巨大蜘蛛を切り裂いたのだ。
す、すごい……! こんなの見たことないよ!
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
剣士が近づいてくる。精悍な目つきで私を見ている。
剣士の後ろのほうから、追いかけてくる女の人の声が聞こえた。
「待ってよ~~、ヴァルヴィン!」
ヴァルヴィン! この剣士の名前はヴァルヴィンというのだ。私はさっきまで世をはかなむあまり死んでもいいやなんて思っていたが、急速に生きる感情を取り戻した気がした。
すなわち――。この人、ヴが多くてかっこいい名前だな、って思った。
剣士ヴァルヴィンは女の人を振り返りながら言う。
「ゼロカ! 女の子がいたんだ。蜘蛛に襲われるところだった」
「あ、そうなの……。助かったのね、よかった……ハアハア……」
ゼロカと呼ばれた女の人は、息を荒げながら私のところへやって来た。
銀色の髪をした美しい人で、光を放つ魔法紋様の刺繍されたローブを着ている。
そして右手には短い杖……。
魔道士……!? この人魔道士じゃないのかな?
魔道士は世界最強のレア職業で、おいそれと会うことは出来ないと聞いている。その魔力はすさまじく、一人で騎士数十人ぶんもの攻撃力を発揮するとか……そう、新聞に書いてあった!
名前はゼロカっていうんだ?
私はすっかり浮ついた田舎少女の気分で、剣士と魔道士という、新聞でしか見たことのない冒険者の姿を仰ぎ見た。
「きみ、怪我はなかった?」
魔道士ゼロカさんは私のそばに膝をつき、優しく語りかけてくれる。
こういうとき、どう返事をしたものか?
冒険者と口をきいたことなどない私は、小説の描写を参考に会話をしてしまう。
「か、かまわんよ……! 助けてくれて、かたじけのうだった!」
ゼロカさんの顔がほころんだ。
「元気みたいね、よかった」
そう言って、私の肩をぽんと叩いてくれた。その手は温かかった。
剣士ヴァルヴィンさんが口を開いた。
「ゼロカ、今の一発で
「あ、そうなの? 早かったわね……」
「これじゃ蜘蛛と戦うのは無理だ。
ヴァルヴィンさんは険しい視線で森の中を眺めながら言う。
ということは、まだ他にも蜘蛛がいるらしい。
そして先程のすごい攻撃は、魔法の産物――。
それはそうだよね、離れてるのに剣圧だけで切ったもんね。
ゼロカさんが付与魔法をかけて、ヴァルヴィンさんが戦う……そういうパーティなんだ?
私は大好きな物語の世界に入り込んだみたいな気分になって、二人を見守った。
「ごめん、私も魔力切れなんだ。もう200しかないよ。ハアハア……」
ゼロカさんは肩で息をしながら言った。
「マジで? そいつはキツいな! 蜘蛛一匹も倒せねえ!」
「想定外だったからね。
何か風向きが悪そうな話をしている。
「あ、あの! 何か問題があるというのかい?」
私は小説的口調で質問した。
二人は振り返り、私に向かって説明をしてくれる。
「おれたちは近くのオガリスタ村の依頼で、魔物討伐に来たんだよ」
「私の村だ!」
「そうなのか。きみはオガリスタ村の子なんだね。村からの報告だと、巨大蜘蛛が一匹いるってことだったんだよね。ところが来てみたら数が多くてさ。
「や、ヤバいのかい?」
私の問いかけに、ヴァルヴィンさんは眉を寄せる。
「正直、ヤバイと言える。蜘蛛がどんどん糸を張って、おれたちを囲んでるんだ。日が暮れると活発化してくる。
「…………」
私は息を呑み、森を眺めた。
深い影が落ち、森は群青色に染まりつつある。黒い柱のような樹木の間には、銀色に輝く糸が見える。
スッ……と、大きな影が横切り、糸が増えた。
蜘蛛だ……!
今この瞬間も、私たちの包囲を続けているのだ。
しかも、あの大きさで子蜘蛛?
私は魔物には詳しくなかったが、虫のほうの蜘蛛はそれなりに知っている。親蜘蛛は子蜘蛛の何十倍もの大きさをしているものなのだ。
空を覆うほどの巨躯を思い、背筋に怖気がやってくる。
「だが――。心配はいらない。おれたちは、きみに出会った」
ヴァルヴィンさんは自信に満ちあふれた瞳で微笑みかけてきた。
「私に……?」
何かを期待しているようだけれども――。
私に何ができるって言うんだろうか? こんな、田舎育ちで小説にかぶれて嘘ばかりついている、村の笑いものの私に?
ゼロカさんも微笑みながら言う。
「そうね、私たちはツいてたわ。精霊さんは
???? 何々? 何の話なの?
全く話の行き先が分からなくて、目をぱちくりさせるだけの私だった。
ゼロカさんは私の頭を撫でて、説明をしてくれる。
「私の魔力はほとんど空なの。これじゃ蜘蛛一匹も倒せないし、囲みを突破することも出来ない。魔力を回復させないとだめなのよ」
「ぽ、ポーションとか? あいにく私は持ってないが」
小説では、回復薬を飲んで魔力を回復させていた。
「ううん、違う。薬じゃ魔力は回復しないの。休んでも回復しない。世間的にはよく誤解されてるんだけど、魔力は体力とは全然違うのよ。人間はそもそも魔力を持ってないの」
「じゃあ……。どうやって……?」
「魔力は精霊からの借り物なの。精霊が精霊界から送ってくれる魔力を使って、私たちは魔法を使う――」
「せ、精霊……!?」
私は驚いて、声が大きくなってしまう。
精霊との交流なんて、何百年も前のおとぎ話くらいしか知らない。
それを、このゼロカさんはできるっていうの?
「驚いた? どっちかっていうと
ゼロカさんは首の後ろに手を回し、首から下げていたチョーカーを外す。その先には、小さな布袋がついていた。
「この袋の中に入ってるのが、精霊石。精霊石を通じて、精霊は私たちを見ることが出来るの。そして精霊は私たちのことを気に入ると、魔力を送ってくれる。それを、
「
次々に飛び込んでくる聞き慣れない情報に、私はついていくのが精一杯だった。でも、必死で食らいついていく。世界の真相の、とても大事なことを教わっていると感じたから。
ゼロカさんは腕を伸ばし、チョーカーをヴァルヴィンさんに手渡した。
ヴァルヴィンさんはチョーカーの先の布袋を外した。
そこには、氷のように透明な、美しい石がついていた。
あれが精霊石――。
精霊石は夜の訪れ前の最後の残光に、きらりと輝いた。
ゼロカさんは、ヴァルヴィンさんの掲げる精霊石に向かって、言った。
「これより、
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