異界見聞録の罪状
柊には、知り合いには言えない趣味と願望があった。
それは全国津々浦々の呪いと名高い曰く付きの品を収集することであり、いつか自分も人から忌み嫌われるような呪物を生み出したいと心から願い始めたのは中学生の頃からだった。
そんなある日、柊は自宅近くの山道で首吊り死体を発見する。
宙に浮いた足元に置いてあった遺書に書かれた罵詈雑言を見て、異界見聞録の作成をひらめいた。
当初はバブル崩壊直後だったことが自殺志願者の数を助長し、老若男女を問わず様々な人物が未練を残して死んでいった。
それから三十年、柊は広告代理店の営業をそつなくこなす傍らで休日の全てを異界見聞録への情熱に注いだ。
三十年間の努力が報われたのかと聞かれると案外そうでもないが、異界見聞録が呪いの品と呼べるのか否か、そこは保証できる。
呪物というのは人に害を成してこその呪いだが、柊の持論で呪物とは「物を形作るまでの過程」にこそ真の恐ろしさが詰まっているのでは、だった。
常人の人生で最も身近と言える呪いは事故物件だ。
確かに、過去に人が死んだ部屋というのは十分に恐怖心を煽られるが、重要なのは事故物件を作り出した前入居者にある。
なぜ、何があって自分の部屋で死んだのか。
孤独死か?
自殺か?
それとも、殺人事件?
経緯を紐解き真実を解明することこそが、柊の怪異に対する向き合い方。
もっと簡単に言えば、楽しみ方であった。
そしてその観点で異界見聞録を見るならば、十二分に呪物と呼べるに値する代物ではないだろうか。
*
「……」
異界見聞録の複製を持った茶髪の女にそう説明しながら、柊は酷く後悔の念を抱く。
そもそもこの取引自体、全くもって公平なものではない。
場所が高校なので変に騒ぎは起こせない上に罠や奇襲の可能性も、つまりなんでもありである。
「なるほど…………いい、凄くいいですよ。 異界見聞録、渡すのがますます惜しいですが、約束は約束です。 渡す……いや、お返ししますよ」
これで取引は万事終了……と思いきや、指先が本に触れる寸前で女が本を引っ込めた。
「そういえば聞き忘れてたんですけど、異界見聞録の管理運営、全ておひとりでやられてるんですか?」
「……異界見聞録を始めたのは父だ。 俺はそれを引き継いだ」
この女の目的はなんだ?
ここに来る前に警察の類が潜んでいないことはしっかり確認したし、そもそも捕まえる気なら女ひとりで学校におびき寄せる必要などない。
「その父親は今何を?」
「死んだ。 三年前にな」
なかなか異界見聞録を渡さない女に、柊は少しづつ苛立ちを覚えた。
疑問形の言葉が投げかけられる度、目元が不自然に力むのを感じる。
念の為持ってきたスタンガンの位置を再確認した。
「質問はもう終わりだ。 早くその異界見聞録を渡せ」
「でもちょっと待ってくださいよ。 このお金、よく見てください。 ほら、二十九枚、一万円足りないんですよね」
なに?
女から渡された茶封筒を確認したが、確かに一枚足りない。
「でもまあ、有意義なお話が聞けたのでまけてあげますよ。 …………ところで、あの缶、誰かの飲み忘れですかね?」
茶封筒を覗いた時点で、女のペースに呑まれていることは薄々勘づいていた。
ただ、場所が完全にアウェイの状況で後方を指摘されると、条件反射的に後ろを振り向いてしまうのが人間の性というものだ。
振り返った先には、緑色の小さい缶ジュースが置いてある。
風の強い屋上で倒れないということは、まだ中身が入っているということ。
「いつも出てこないんですよね、名前。 首元まで出かかってるんですけど…………えー……ガラナ……ガラナ……」
「アンタルチカだ」
柊修二の喉から発せられたのは、おおよそ自分のものとは思えないほど気だるく無愛想な声であった。
有名人の名台詞を何度も練習して特定の言葉だけを似せるように、その言葉が自然と口をついてでたのだ。
「そう、アンタルチカでしたね。 覚えづらいんですよ、それ」
呆気にとられていると、女が腰からスタンガンを取りだしスイッチを押した。
反応できるはずもなく、ものが焦げるような音とともに柊は地に伏した。
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