第24話 白球よ、その壁を越えて行け 4
まるで別の人間の体の中に入っているようだった。
いつも通りのスイングをするがバットにボールがまともに当たらない。体を動かせば嫌なことも忘れるだろうと思って、今日はいつも以上に朝練に気合を入れていたんだが、守備練もバッティングも散々だった。まともに出来たのは最初のキャッチボールくらいだった。二度ほどポロリと落としてしまったが。
「バットってこんな重たかったっけか……」
ボールを全部投げ終わった後輩が心配そうにおれを見ていた。視界の端っこで見えるコーチは腕にはめた数珠をしきりに触ってなにやらぶつぶつ言っている。最近あの数珠増えたよな。
そんなコーチの横にいた瑠流と目が合う。普段通りに振舞うか、それとも昨日のことを問い
その日の昼休み。瑠流がいつもの弁当を持っておれのクラスに来ることはなかった。
結局おれは瑠流にL1NEの返事も出来ないまま、一言も言葉を交わさないまま放課後の練習へと向かった。茂本も今日から投球練習を再開するようで、おれが来た時にはすでにブルペンで投げていた。
茂本のピッチングを見守るコーチと瑠流。なにやら二人で話しながら瑠流はメモを取っていた。時折、茂本にドリングを持っていき、なにやら話している。きっと肘の状態なんかを聞いているんだろうと、頭ではわかっているんだがモヤモヤして仕方がない。昨日見たあの光景が脳裏にこびりついて離れてくれない。
練習に全く身が入ってなかったおれは、監督に思いっきり怒鳴られ居残り練習確定となり、一人侘しく家路に着いた。
思春期の行動原理とは非常に不可解なものだ。訊けばいいのに訊こうとはしない。言えばいいのに言うのを
だがそれがわかったとして、おれにはどうすることも出来なかっただろう。明日には、明日こそはが積み重なり気付けば一か月。その間、瑠流からも茂本からも何も言ってはこない。かといって二人が付き合い始めたという素振りもない。
たまに茂本がどこか申し訳なさそうな顔で接してくるが、瑠流にいたっては妙な威圧感でおれを制してくる。いつしかおれがなにか悪い事をしたかのような気になってしまっていた。
そしておれの打撃不振は続いていた。練習試合に出ても三振の山を築き、守備も凡ミスばかり。遂には春季大会はベンチ入りはするものの、スタメンからは外されることになった。
「母ちゃん背番号縫っといてもらっていい?」
おれがそう言って背番号「25」のゼッケンを渡すと、母ちゃんは少し驚いた顔をした。
「いいけど……るるちゃんに縫ってもらわなくていいの? あんたいい加減仲直りしなさいよ」
面と向かって直接、瑠流のことを言われたのはこれが初めてだった。あの日から瑠流は家に来てないし、弁当も母ちゃんに頼んでるからそりゃ気付くわな。
「ああ……うん」
「うじうじする所はお父さんそっくりね……25番ってベンチ入りぎりぎりじゃない……」
ぶつくさと一人で喋りながら母ちゃんは部屋へと行ってしまった。おれも自分の部屋に入りベッドに寝転がる。天井を見上げると、そこには「行くぞ! 甲子園」の張り紙。高校に入学してから瑠流が書いたものだ。
「なんかもう……無理かもな」
口を衝いて出たのはそんな言葉だった。おれが甲子園に立つ姿を瑠流に見せる。そのことがおれの原動力だったんだ。きつい練習もどうってことなかった。いつも背中を押してくれて見守ってくれる瑠流がいた。小さい頃から二人で一緒にがんばってきた。
でももう、あいつにおれは必要なくなったようだ。
おれはゆっくり起き上がり天井の張り紙を剥がした。
初戦敗退。春季大会の結果は
チーム内には重苦しい雰囲気が漂う。いつしか部室にはコーチが貼ったお札の数が増えていた。
「今日はお祓――じゃなく勝利祈願で神社までロードワークな! 車には気をつけて走れよー」
毎月恒例の20キロのロードワーク。コーチの意向でいつもとは違うコースだが地獄の練習メニューのひとつである。普段より坂道も多くかなりきつい。しかも20キロを走り終え、容赦なく待ち構えるのは鬼の千本ノックである。
ヘロヘロになりながらグラウンドへ帰ってくるとカキーンというバットの音が聞こえてくる。どうやらもうノックが始まっているようだった。
「おらおらー! どしたーピッチャー! そんな球も捕れんのかー!!」
そこにはまさに鬼の形相で茂本に次々とノックを放つ瑠流の姿があった。
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第24話を読んで頂きありがとうございます。
補足情報として、今年2023年から甲子園でのベンチ入りメンバーが20人に増えましたが、このお話の設定はそれ以前となっております。加えて、本文中には明記してませんが、甚の高校は神奈川県のとある学校という設定です。
作者調べで恐縮ですが神奈川県の春季大会の登録選手数は25人ですのでゼッケンの数字も25としました。
ま、間違ってたらるるちゃんに怒られそうで怖い……
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