第四話 深夜の散歩で起きた出来事

 街を一望できる丘の上の人気ひとけのない公園で狙撃用のライフル銃を組み立て終えた俺は、ひろしと共に夕陽が沈むのを待った。


 月も傾き深夜となった頃、俺は公園脇の林の中へと移動し、狙撃ポイントで身を伏せた。据銃してスコープを覗く。


 高台のこの場所からは街の手前の住宅街も良く見えた。


 その男は運動着姿で定刻に家から出てきた。スコープの倍率を上げ、顔を確認する。


 某大企業の会長で政財界に多大な影響を及ぼす大物企業家の熊谷くまがい義男よしおだ。メディアにも積極的に顔を出す男で、国民からは「クマさん」の愛称で呼ばれることもある。


 どんなに多忙でも、日課の夜の散歩を欠かさず、その際に必ず俳句を一句ひねるのが唯一の趣味らしい。


 日課でも趣味でもいいが、自分が暗殺の標的にされているときくらいは、散歩は控えた方がいい。ま、本人は気付いていないのだから仕方ないが。


 熊谷はいつもの散歩ルートを歩き始めた。


 彼の前方には背広姿の男が一人歩いている。かなり酔っているようで、千鳥足だ。


 熊谷は男に気付いていないのか、周囲の家の庭の木や夜空を見上げながら歩いている。


 熊谷が立ち止まった。一句浮かんだのだろう。句帳に書き留め始めた。その横を男が通り過ぎる。


 男は熊谷に敬礼して挨拶すると、またフラフラと歩いていった。男の背中を見送った熊谷は、また新たな一句を書き留めると、それを読み返し、満足そうに頷いてから、再び歩き始めた。


 すると、男が急に立ち止まり、振り返った。手にナイフを握っている。


 やはり、こいつは殺し屋だ。


 俺は引き金を引いた。熊谷が角を曲がった時に、弾は男の頭部に命中。男は路上に倒れた。


 熊谷は句帳に目を落としたまま、いつもの散歩道を歩いていく。きっと、出来たばかりの俳句を何度も読み返しているのだろう。深夜の散歩で起きた出来事の真実とは異なる俳句を。


 俺は銃から頭を離した。隣でひろしがスヤスヤと寝ていた。



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