第101話
カレン様は泣きながら帰って行った。
アル兄様は困った顔をしていた。
それが頭から離れなくて、私はテトとデリアに無理を言って庭園で少し一人にさせてもらった。
まあそうは言っても離れたところで待機してくれているんだろうけど。
なんでもいいから一人になりたくて、でも部屋にはいたくなかった。
(……私が悪いのかな。いや、悪いよね)
反省しよう。
(だめだなあ)
前世の記憶は、ドンドン薄らいでいる。
今となってしまえば嫌なことをされたなってぼんやり思う程度で、前世の家族についてはもう顔もはっきり思い出せない。
お世話になった人たちの顔も。
でもそれはいい。
今の私は『ヴィルジニア=アリアノット』なのだから、それはいいことなんだと思う。
(……なのに、どうして)
どうして私は、あの時の感情に囚われているんだろう。
独りぼっちで泣いて、いつかは〝両親〟が振り向いてくれて〝姉〟と同じように可愛がってくれることを夢見ていた。
でもそれは幻だった。泣いてたって誰も助けてくれない。
じゃあ言われるがままに過ごせばいいのか?
諦めて、いい子になれば良かったのかと言えばそうじゃなかった。
誰かに哀れまれるのもいやだった。
でもそれは……全部全部、前世の
その感情の高ぶりを、そのままカレン様にぶつけてしまった気がしてとても情けない気持ちになった。
「……はあー」
思わずため息が漏れる。
あれじゃあどう見たって私の方が大人げない。いや子供だけども。
カレン様の様子があまりにも儚くて守ってあげたい雰囲気の人だけに、これじゃあ私がまるで虐めてしまったみたいで気持ちが重くなってしまった。
けれど、謝るのもまた違う気がするし……。
「どうしたらいいのかな……」
呟くように漏れた自分の声は、あまりにも頼りない子供のようだ。
いや子供だから正しいのか?
もう何が正しいのかわからなくて、泣きそうな気持ちになってしまった。
「……姫」
「えっ、あれっ? フォルティス様……? どうしてここに」
「カレン様の侍女から聞きました。そして、貴女の侍女から気落ちしておられると」
「え? あー、あはは……お気になさらないで。大したことではないんです」
なんとか笑顔を作った。
前世でも、両親を前に笑顔を作るのは得意だから問題ないはずだ。
だけど、私の笑顔を見てフォルティス様は眉間に皺を寄せる。
そして大袈裟なくらい大きなため息を吐き出した。
「……フォルティス様?」
「貴女は強い、それを訂正します」
「えっ」
情けない私に、彼は気づいたのだろうか。
今世で、父様や兄様たちに愛されたことで幸せを享受していたことで隠せていた『前世の私』という弱い部分に気づかれてしまっただろうか?
ギクリと体が勝手に竦んだ。
そんな私の様子などお構いなしに、フォルティス様は私を抱き上げたではないか。
それこそヒョイッて感じに。
「えっ、えっ!?」
「俺の姫はどうやらただの意地っ張りだったようだ。まだ十歳だろう、どうしてそう人の分まで背負い込むんだ」
「えっ……」
「大方、カレン様が俺の成功とこの間の話を聞いて自分の気持ちを楽にするために姫に謝罪をしたんじゃないのか」
鋭い。確かにその通りだ。
あの時カレン様の言葉に腹が立ったのは、彼女がいつまでも泣いている
だけど、そうか。
あの人は、自分の気持ちを楽にしたかったのか。
(そういうずるいところも、ちゃんとあるんだ。……でも当たり前か)
カレン様は、カレン様なりに身と心を守ってきた。
その方法は私にとって、過去の悔しさを思い出させたからいやだっただけで。
(あの人が悪いわけじゃない)
ぱちぱちと目を瞬かせている間に、フォルティス様は私を抱えたまま歩き出す。
背が高い彼がずんずんと大股で歩くと、私が普段走っているよりも速い気がした。
「ど、どちらに行くんですか!?」
「もう見える。……ほら、あそこだ」
フォルティス様に言われて前を見る。
そこには、手を振るピエタス様と呆れたような顔をしているサルトスがいた。
「……俺たちは仮初めの、まだ関係に名前もない仲でしかない。だけど、きっと……家族に次いで親しくなれるかもしれない。姫にとっては兄君たちに比べ、俺たちは不足だろうが」
「そんなことはないです」
「そうか」
「はい」
ああ、そうか。
私は兄たち以外にも頼っていいんだなあ。
人に頼っていいんだってあれほど思っておきながら、いつの間にか家族以外に頼ることが怖くなっていたことに気づいてしまった。
兄様たち以外を頼ったら、兄様たちと離れてしまう気がしていたんだ。
(ばかみたい)
大人なふりして、やっぱり私はただの子供だ。
情けないなあとしょげる私の横に、いつの間にかサルトス様がいた。
「フォルティス殿、いい加減アリアノット様を下ろして」
「そ、そうです! ア、アリアノット姫様、ぼ、ぼぼ、ぼくがお茶を淹れますね!」
笑顔のピエタス様に温かいお茶を淹れてもらって。
咲いたばかりだという花をサルトス様が私の髪に挿してくれた。
「……私の婚約者候補たちが、ものすごく素敵で困りますね」
選べるんだろうか。
三人とも、とても優しい。
きっとカレン様との後に落ち込んだという話をどこかしらから聞いて、こうして私を迎えに来てくれたんだと思うと本当に嬉しい。
(ここにユベールもいてくれたら)
ふと、ずっと会えていない大切な友だちを思い出す。
青い空は、ここにいない彼の目の色みたいで……なんだか寂しい気持ちを覚えてしまったのだった。
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