第61話
結局、ユベールのお母さんが見つかってから一ヶ月後。
船での移動に問題がないと医師も認めているし、母国との連絡も取れて彼女たちを守るだけの態勢を作ったという連絡を受けて、クラリス様たちの帰国が決まった。
当然それは、私とユベールのお別れの日という意味でもあった。
「……元気でね、ユベール」
「……うん」
フクロウ姿だったとはいえ、誰よりも身近にいてくれたユベールが離れていってしまうのはやはり寂しくて、涙が出てしまいそうだ。
私はこれまでの感謝を、精一杯こめたお手紙と……あちらの国に行っても私のことを思い出してもらえるように出会った庭園の花で作った、押し花の栞をユベールに手渡した。
「魔国でも、元気でね」
「……うん」
「ユベールのお母様も、早く元気になるといいね」
「手紙、書くよ」
「うん」
「今までありがとう」
「うん」
泣いちゃダメだ、わかっているのにやっぱり体は子供だからだろうか?
すぐにぐずぐずになって、私の目からは涙が零れた。
ユベールは、私にとって唯一の『お友だち』だった。
父様がいて、兄様がいて。
護衛騎士のみんなもシズエ先生もデリアも私にとって大切な人たちだけど、やっぱり私は皇女だから。
ユベールはどうかわからないけど。
今日の彼は、出立の日に相応しい、綺麗な格好をしていた。
これから魔国では彼の立場もいろいろ大変なんだと思う。
王家に連なる血を引く子供、宰相候補の甥。
クラリス様もウェールス様も、ユベールのお母さんとユベールの意思を無視して無理矢理王家に所属させようとは思わないけれど、今後その身を守っていくために手続きや身分は必要だって話していた。
だから、これからどうなるかわからないけど……きっと、ユベールは魔国の王子様になるんだろう。
国を継ぐ立場になるかどうかはわからないけど。
「ユベール、そろそろ……」
もう既に船に乗り込んでいるウェールス様が、声をかけてきた。
ああ、もう出立なのだ。
そう思って繋いだ手をそっと離したら、ユベールは私の手を掴み直したではないか。
「ユベール?」
「俺! ……また、会いに来る。もう俺が傍で慰めてやれないけど、絶対また会いに来るから!」
「……うん。うん! 約束……」
ぎゅっと、抱きしめてくれた。
十歳の男の子ができる、精一杯の抱擁だったと思う。
その気持ちが嬉しくて私も泣きながら、精一杯笑顔を浮かべてみせた。
その後時間が来て去って行った船を見送る私の目から涙はなかなか止まってくれず、兄たちが代わる代わる私を抱き上げて慰めてくれて、父様が『魔国を攻め滅ぼしてあの子を連れて帰ろうか』なんて言い出して一騒動あったけど……。
まあとにかく、私の五歳にしての大冒険は、ここで終わったのだろうなと去りゆく船の面影を水平線に眺めて、そんなことを思った。
「……そうだヴィルジニア、新しいペットをこの父が買ってやろう。何がいい? 虎か? それとも獅子か?」
「もうちょっと小さいのがいいなあ」
「よしそうだな、ドラゴンなんてどうだ!?」
「話を聞いて、父様」
とりあえずは愛する家族がいてくれる。
その幸せを、大事にしよう。
(元気でね、ユベール)
いつかの再会を願いつつ、異国に帰ってしまった友だちの幸せを私は遠くで祈るのだった。
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これにて第一部完結です。
5/1より第二部開始となります。
更新は月・水・金の週三回、18時を予定しております。
これからも末っ子皇女、よろしくお願いいたします!
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