第53話
正直視察についてはちーっとも理解が追いつかない。
せいぜい、この辺ではどんな畜産が盛んで今年は農作物のできも良かったから動物たちもよくご飯を食べて良い品質の卵や肉、乳製品がお届けできますよーっていうのを長々聞いた聞いた気がしないでもない。
……うん、あの、半分くらいしか聞いてなかった。
だめなんだよ私。
校長先生の長い話とか聞いてられなくて空の雲とか数え出すタイプなんだよね。
ちなみにパル兄様にはバレていたし話を主に聞いていたオルクス兄様にもバレていたことだろう。
ごめんて。五歳児だし許して。
「兄様、牛!」
「そうだな、牛だ」
「もう少し建設的な会話してくれねえかな、ちなみにあの牛は気性も穏やかで乳搾り体験とかできるらしいぞ。この辺出身のやつが部下にいて聞いた」
「そうなんだー」
やりたいとは言わない。
いや、目的がありますからね!
そのくらいは弁えております。
やるか? みたいな目でパル兄様も聞いてこないの。誘惑すんな!
「……あれ」
「どうした? ヴィルジニア」
「あそこに教会がある」
「ああ。あそこか……あそこはこの辺りで一番大きな教会だ。怪我人や、行き場のない人々の面倒を見たりする。王都に近い町ではそういった人間相手の専門機関を置いているが、地方では追いついていないのが現状だ」
「ふうん……」
今日、兄様と一緒に視察について回った私の目には、豊かな町や村の景色だけが見えていた。
でも今のオルクス兄様の説明を考えれば、きっとそれは……視察用の、綺麗な部分だけなんだなってよくわかる。
「兄様、私あそこに行きたい」
「……仕方ないな。パル、頼めるか」
「しょうがねえなあ~、うちの我が儘姫は!」
「我が儘じゃないもん!!」
喉を鳴らすようにして笑うパル兄様と手を繋いで、護衛騎士たちを数人連れて協会へと足を運ぶ。
視察はあのままオルクス兄様に任せて、私は教会を見上げた。
この辺りで一番大きな……と言っていただけあって、とても立派な石造りの教会だ。
「すごーい」
「見上げてばっかで口開けてるとひっくり返っちまうぞ」
ぽんっと背を押されるようにして中に入れば幾人もの修道女さんたちと、奥まったところで誰かの相談を受けているらしい神父様の姿が見える。
私たちの来訪に『おや?』という顔をした神父様に気がついたもう一人の男性が、こちらを向いたのでちょっとびくりとしてしまった。
「唐突な来訪、申し訳ない。第七皇女ヴィルジニア=アリアノット殿下がこちらの建物を見学したいと仰っておられるが、よろしいだろうか」
「こ、皇女殿下!?」
「ちなみに第三王子のパル=メラだ。すまないな、唐突に」
「これは皇子殿下も……ようこそおいでくださいました。当教会の責任者であります、司祭のアージャ・ルージャと申します。見学はどうぞご自由に……ああ、ですが隣の白い建物の方は傷病者を休ませている建物になっておりますので、ご遠慮いただければと」
「そうか」
「神父様、ありがとうございます!」
唐突な来訪にも関わらず神父様は私たちを歓迎すると言ってくれた。
素直にお礼を述べれば、にっこり優しい笑顔を返してくれる。
「本来であればわたくしが案内をすべきなのでしょうが、今は生憎と手が離せませんので……シスター・ルーレ、お願いできますか?」
「はい。かしこまりました」
神父様のお声がけに、近くでお花を生けていた
優しい笑みがとても印象的な、綺麗な人だった。
うおお、こんな風に齢を重ねたい……!!
クラリス様がセクシー美女で若い女性の憧れなら、このシスター・ルーレは歳を取った時の理想だわ! エレガントさがすごいね!!
「いや、こちらが唐突に来たせいだ。気にしないでくれ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます。それではドクター、話の続きを……」
どうやら神父様のお客様はお医者さんらしい。
何やら難しい顔をしながら二人でお話ししていたので、大事な話なのだろう。
そんな時に悪いことをしたなあと思いつつ私はシスター・ルーレを見上げた。
「初めまして、シスター・ルーレ。私はヴィルジニア=アリアノットです」
「まあ! 丁寧なご挨拶をありがとうございます、皇女殿下。本日はようこそおいでくださいました」
「お話をいろいろ聞かせてください!」
「はい。わたくしでわかることであればなんなりと」
にっこり笑ってくれる優しいおばあちゃん、シズエ先生とはまた違う包容力……!
思わずコレにはにっこりですよ。
シスター・ルーレの説明ならきっと寝ないし現実逃避しないよ!
そんな私の目論見なんてお見通しであろうパル兄様の目線が若干痛かったけど、気にしない気にしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます