第1話 悪夢
春は隔てられ
夏は雪に侵された
秋は終わりの始まりを告げ
冬は炎に呑まれた
お前の存在は、全てを「焼」き尽くす。
「貴方は”消える家族”ですか?」
暗闇の中で、声が鳴った。
振り返ると、かつての親友、クニオが立っていた。彼はショウの顔を見るなり、目を輝かせて急接近してきた。
「キミは、白峰ショウ君じゃないか! 校内1モテるって噂の! キミが殺人鬼だったんだね!」
「ク……、クニオ……」
悲痛な声で彼の名(正確には、あだ名)を呼ぶが、クニオは少しも気に留めずに続ける。
「そこに、母の首が転がっているところを見るに……。さしずめ今回の被害者は、僕ということだね。実は僕、“消える家族”について調べていて――」
非道な言葉。
下半身から滴り落ちる血。
それとは裏腹に、子どものようにはしゃぐ姿。
人間性は、完全に喪失してしまっている――もう、見ていられなかった。
「――――っうわあああああああああああああああああああ!!」
断末魔のような叫び声をあげながら、親友の首元を掻っ切った。
「え――」
細い首から、勢いよく血が噴き出る。ぐるんと目を上向かせ、クニオは力なく倒れ込んだ。
「はぁっ、はぁ……っはぁ…………」
床に、血だまりができていく。クニオは数回痙攣したあと、ぱたりと動かなくなった。
【ははははははははははは!!】
【声】が嘲笑うとともに、辺り一面に死体の海が広がった。
【お前がやったんだ! お前が殺したんだ!!】
死体はどんどん増殖していく。ショウを埋め尽くすように、音もなく出現しては積み上がっていく。辺り一帯が血の海と化した。
『ヒトゴロシ……。ヒトゴロシ……。ヒトゴロシ……。ヒトゴロシ――』
増えゆく怨嗟の声。
蠢く血まみれの手と足。
顔をぐにゃぐにゃと歪めながら、死体はひたすら恨みつらみを吐き続ける。
死んだ肉体は、恨みに突き動かされるがまま、ショウを探し続けた。己を殺した悪魔を、この手で殺すために。
「あ……っ、あぁ……っ、あああああああ……」
死体の山に埋もれていく。
動けない、逃げられない。
呪詛を吐く声は増え続ける。
たまらず耳を塞ごうとするショウ。だが、増え続ける死体が胸ほどにまで積み上がり、完全に身動きが取れなくなってしまった。
『人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し!』
ひたすらに繰り返される恨みの言葉。
鳴りやまぬ怨嗟の歌。
ショウは為すすべもなく、力なく首を横に振った。
死体が、ショウの首の高さにまで積み重なった。眼前に、黒髪のボブヘアの少女の顔が現れる。
『この、嘘つき。死ねばいいのに』
少女の顔が、憤怒に染まる――かと思えば、美しい目が黒でぼかされ、柔い口唇は黒く塗りつぶされた楕円へと変貌した。
ショウの口から短い悲鳴が漏れる。
『人殺し! 人殺し! 人殺し! 人殺し――――!』
大量の死体とともに、少女もまた怨嗟を唱え始めた。同じ言葉に、脳が侵されていく。心が蝕まれていく。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ショウの叫び声。【声】が満足げに嗤う。
【ああ、ウマい。相変わらず、オマエは最高だ。ショウ】
大量の怨嗟の声と、たった1つの【誰か】の声が混ざり合う。おかしくなりそうだ。
意識が遠のく。
暗転する……。
【家族を殺し、1人だけ残した奴の絶望を、極限にまで高めてから喰らうのはもちろん最高だ。……けどな、ショウ。教えてやる。俺が本当に喰らいたいのは――】
お前の「悪夢」だ。
「――――っ!!」
目が、覚める。
置き型照明と、白い壁が視界に映る。
夢だったことを知り、ショウはほっと息をついた。
「最近、悪夢ばっか見んな……」
ぼやきながら、頭を掻く。のっそりと起き上がり、パジャマのボタンに手をかけた。
「しっかし、昨日の晩は無茶苦茶だったな。いろいろと」
白のワイシャツに腕を通しながら、そう独り言ちる。
いつも通り、雪の化け物が出現した後、理性が消え去り。事の後、いつも通りあの神社で眠りにつき。目を覚ましたら、何故か全裸の女が見下ろしていて。女は異様な怪力を使って、服を寄越せと脅してきて。
――紆余曲折あって、共に結界を有する怪異を探すことになった。さまざまな怪異たちと時には戦い、時には対話をした。その終着点にあったのは、怪異と為れ果てた今淵ゆきだった。
「…………」
ただただ、衝撃だった。真っ赤に染まった髪に。可愛らしい少女が、凶悪な怪異へと変貌してしまったことに。
しかし、「赤い図書室」が見せた言動と仕草、そして優しさは、記憶の中の彼女と何も変わらなかった。彼女は今淵ゆきなのだと、心の底から安堵した。
もう一度、彼女と語らおう。そう思った矢先に、陽炎の怪物が現れたのだった。
(あの怪物は何なんだ? 園城さんは何でアレなんかを怖がってんだ)
――時は遡り、昨晩の「図書室」前でのこと。
結界内に入っていなかったショウは、いち早く陽炎の怪物の存在に気がついた。
百合花たちを守るため……、そして新たに生じた目的のため、彼は即座に扉を閉めた。怒りを露わにする怪物に、包丁を手に突進していった。
〈……っ、こんなもの。こわくないもん〉
怪物の目が恐怖に揺れた。構わずショウが包丁を振り上げると、揺らめきがビクッと震えるように動いた。
そして、刃が揺らめきを突き刺すと、たまらず怪物が悲鳴――というより、泣き声をあげた。
〈きぃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!〉
幼児が泣き叫ぶような、甲高い声。耳を劈く声に、ショウは顔を顰めた。
〈いやだいやだいやだああああああああ! ごめ”ん”な”ざい”いいいいいい!!!〉
『謝んなら消えろや!!』
怒号をあげると、泣き声は止んだ。
〈ふ……っ、ひ、っく……ううううっ……。きらいぃ……〉
嗚咽を最後に、怪物は姿を消した。あっけなく、片がついたのだった。
ショウは包丁を消すと、新たにスマホを出現させた。
『夜の3時か……』
ホーム画面に表示された時刻を確認し、欠神する。
『さすがに休むか。姿消して、適当なビジホ借りて寝て……。そんで、起きたら出発だな』
――行き先は、B高等学校。つい8ヶ月前、ショウが人間だった頃にいた、学び舎だ。
『もう、絶対に逃げねー。今度こそ――』
決意を固め、ショウは夜の廊下を歩きだした――。
「っはは、逃げねーって決めたのに。たかが夢でこんなビビっちまうなんてな」
スマホ画面には、B高校への道のりが表示されている。先ほど見た悪夢と、人であった時の楽しい記憶が、ショウの心を苛んだ。気持ちを落ち着かせるため、目を閉じて、深呼吸をする。
(オレも、園城さんと同じだった。化け物から逃げて、誰にも入れない場所に閉じこもりたいって。そう願ってた)
もう、嫌だったのだ。
兄のように慕っていた男――夏樹と同じ顔をした化け物が現れるたびに意識がなくなり。
気がついたら彼を××した残骸を見せつけられた後、再び意識が遠のき。
そして、不気味な神社で目を覚ます、それを繰り返す日々。
――逃げ出してしまいたかった。もう、何もかもから。
人だった時の、楽しくて幸せな記憶。
人壊しに加担した罪悪感。
親友を手にかけることになった悲しみ。
夏樹に裏切られた絶望感。
そして――白い化け物と為れ果てた彼を、「消える家族」から解放された今もなお、××さなければいけない現状。
だが、ショウはある種の「希望」を見出してしまった。目を背けられなくなったのだ。逃亡の先で目にした、怪異と為れ果てた夏樹の妹――ゆきがきっかけだった。
「そう……、あの2人が怪異になってんだから、コッチのが可能性はあるはずなんだ」
意を決し、ショウはベッドから立ち上がる。扉を開き、部屋を出た。
「もう、人として探すのは止めるよ。お前が怪異になってることを信じて――必ず、見つけてやる!!」
だから、待っててくれ。――
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