第12話 聞きたくなかった言葉

「えっ? なに……?」

「投稿用にマンガを描いてたの。私……まだ余裕だと思ってたのに、締め切りが明日の消印までだったの!」


 私と同じように呼ばれてきたカナちゃんと、呆然としながら興奮気味のオーちゃんをみていた。


「と、とにかくさっきまで、必死に頑張って描いてたんだけど、どうしても間に合いそうにないの! 明日、学校に行く前に出したいのに……」

「夕方じゃ、駄目なの? あさってから夏休みだし明日は学校、早く終わるよ?」

「だってもしも間に合わなかったら、全部無駄になっちゃう!」


 私とカナちゃんは顔を見合わせた。

 マンガの手伝いと言われても、これまで経験もない私たちが、役に立てるかわからない。


「私たち、マンガのことなんて全然知らないんだよ? 手伝えるかどうか……」

「ぬり絵くらいはしたことがあるでしょ? 指定した場所を黒く塗りつぶしてくれるだけで構わないから! 他にも簡単なところだけでいいから!」

「だって……ねぇ?」


 役に立てないだけじゃない。失敗して取り返しがつかなくなったら……。

 そう思うと、カナちゃんと二人、手放しで手伝うとはいえなかった。返事もできずにうつむいた私たちの手を、オーちゃんはガッチリと握ってくると


「お願いっ! 本当にもう時間がないの! お願いだから手伝って! だって私たち……と……友だちでしょ!」


 すがりつくような真剣な表情、切羽詰まった口調に、私もカナちゃんも黙ったままでうなずいた。

 ありがとうと何度も言うオーちゃんの言葉と、手を握る力に、嫌でも昼間のカズちゃんを思い出す。


 勝手のわからない作業に思いのほかてこずりながら、なんともいえない感情がふつふつと沸き立ち、何度も小さくため息をついた。

 つと視線を上げると、折りたたみ机で向き合ったカナちゃんも複雑そうな表情をしている。


 夢中で手伝いを続けているうちに、時間はいつの間にか深夜を回っていた。電車ももうない。家には連絡済みで、とことんつき合う覚悟を決めた。

 オーちゃんの指示に返事をする以外、なんの会話もない。カナちゃんは返事さえうなずくだけで一言も発していない。微妙な空気が部屋に満ちている。


「もうこんな時間かぁ……私、なにか買ってくるから夜食でも食べようか?」


 二時を回ったころ、オーちゃんがそう提案してきた。


「二人のお陰で残りもあとちょっとだし、疲れたでしょ? ちょっと休んでよ」

「でももう二時過ぎてるよ? こんな時間に買い物に行くのは危なくない?」

「自転車で行くから大丈夫だよ、待たせちゃうけど……二人ともなにか食べたいものある?」


 オーちゃんは財布を持って立ち上がり、私たちを見た。


(どうしよう、止めたほうがいいよね……)


 そう思った矢先、それまで口をきかないでいたカナちゃんが、ぽつりと言った。


「残り少しなんでしょ? 私、お腹空いてないし、時間がもったいないから、早く終わらせちゃおうよ」


 ドキリとした。私も同じことを考えていたから。オーちゃんは椅子に座り直してうつむいている。部屋の空気がまたさらに重くなった。

 それがなぜなのかは、口に出さなくても三人ともわかっている。


「……わかった。じゃあ、これとこれ、お願い」


 差し出された原稿を受け取り、私たちはただ黙々と作業を続けた。

 夏の朝は早い。

 手伝った原稿を渡し、オーちゃんが全てのチェックを済ませたときには、窓の外は明るくなり始めていた。


「それじゃ、お邪魔しました。オーちゃん、寝ちゃって郵便局に行くのを忘れないようにね」

「うん、大丈夫。本当にありがとうね」

「じゃあ、あとで学校でね」

「うん」


 私とカナちゃんが玄関を出るときに、オーちゃんは泣きそうな笑い顔で、ごめんね、と呟いた。

 駅までの道を、カナちゃんは早足で進み、私も遅れないように合わせて歩く。

 オーちゃんがあんなことを言うとは思わなかった、とカナちゃんは言った。


「そうだね……ちょっとびっくりしたかも」

「私、嫌だった。ホントに嫌だった。でも……なんか複雑だったっていうか……」


 カナちゃんはまた黙った。顔を見なくてもわかるのは、私も同じ気持ちだからだと思う。

 友だちでしょ、と言われたときに恐いくらいの嫌悪感を抱いたのと同時に、オーちゃんを助けたいと、友だちだから手伝ってあげたいと、そう思った。

 すっかり明るくなった駅のホームで始発の電車を待ち、私が最寄り駅で降りるまで、どちらも一言も喋らなかった。

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