第10話 掴みかけの思い
相変わらず、学校帰りは遠回りの道を進む。ランプを眺めつつ、そっと店内を覗いてみても、女の子の姿は見えない。
ときどき、お年寄りやスーツ姿の男の人がカウンターに腰をおろしているのが見える。
あの日以来、お店には寄ってない。もう、一週間がたっただろうか。
それから更に数日――。
この日は雨が降っていて、傘をさし、ここまで歩いて来た。
私はやっぱり行くところに困って、お店の前に立った。
ガラスの向こうに、あの女の子が、大人の女性と並んでなにかを話していた。女の子は伸ばした指先で、ガラスに伝う雨粒を追っている。
なにやら深刻そうに見えて、私は気づかれないうちに、その場を離れて家に戻った。
ベッドに横になり、いろいろなことを考える。来年は高三、受験は目の前まで迫っている。
塾の子たちは、もうすでに自分の進路に向けて勉強中。オーちゃんもカナちゃんも、将来を見つめて進学先を探して奮闘中だ。
私一人が、取り残されて、どうしていいかわからずにぼんやりとしている。
机の上に置きっぱなしになっていたスケッチブックと、最近手に入れたパステル材が並んでいる。
何気なく手に取り、思いつきであの店を描いた。あの大きなランプの明かりは、水彩でも色鉛筆でもアクリルでも油絵でも、きっと奇麗に出るだろうけれど、私はこのパステルを使って描いてみたくなった。
試行錯誤しながら真ん中に白樺並木を描き、それに沿って商店街を。真ん中より少し手前に丸太の喫茶店を位置づけて、ランプを描き始めた。
あの色はどうしよう?
こっちの色は?
気づいたら、もう深夜になっている。描きかけのページにパラフィン紙を挟み、スケッチブックを閉じた。
駅までの道を、浮足立って歩いた。
家からだと、徒歩では二十五分。近くはないけど、歩けない距離でもない。自分の中で何をしたいか、掴みかけた気がして急いでいたからだろうか。
なんだか凄く早く、駅前の商店街まで着いてしまった。
そっとドアを開くと、申し訳なさそうにベルが鳴る。
「あれ? 久しぶりだね」
女の子の姿にホッとして、今日もまたココアを頼む。
席もいつもの席。
「どうしたの? なにかあった?」
眉を寄せて女の子が言う。
「うん、ぼんやりとだけど、自分のしたいことが見えた気がして」
「へぇ、それは良かったじゃない」
若いんだもん、ぼんやりでもいいんだよ、と女の子は言う。
この間の時もそうだったけど、若いうちは、とか、同じ歳くらいなのに変な言い方をすると思い、私は少し笑ってしまった。
「それでね、やっぱりそのためには学校へ行くことも大事だってわかったの」
「進学するんだ?」
「そのつもり。今からだと、かなり焦らないといけないんだけど」
「やる気が出たんだ? その割に、浮かない顔してるのはどうして?」
――浮かない?
「え……別にそんなこと……」
「だって、泣きそうな顔してるよ」
ジワリと頭の芯が重くなり、また体が軋むように痛む。
ふとオノくんのことを思い出した。
それともう一つ……。
とても大事でとても嫌なことを。
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