第7話 将来に続く道

 目が覚めるといつもと同じ朝。

 月曜の朝は少しだけ憂鬱ゆううつで、夏の暑さが余計に気持ちを萎えさせる。

 今日は選択授業の課題があるから、いつもよりちょっとはマシだと思う。好きな授業があるだけで嬉しいと思える。


 でも、本当なら学校なんて行きたくはない。

 テレビのニュースやドラマみたいないじめがあるわけじゃないんだけど、居心地の悪さを感じてならない。


 一人でいることが珍しい。おかしい。変だ。


 そう思われているような気もして……だからって誰かと無理をしてまで一緒にいたいと思えないし、なにより私は、あの魔法の言葉が怖い。


「行ってきまーす」


 玄関を開けて外へ出ると、自転車に乗って走りだす。

 時折、すれ違う同級生とあいさつを交わすのも日課。みんな私が向かう駅とは反対に向かって自転車を走らせる。

 小学校、中学校の同級生は、三分の一ほどが地元の高校へ進学した。私と同じ高校に行った人はいない。そんな学校を、わざと選んだ。


 もちろん同じ方向に通学している子たちもいるけど、かつて友だちと呼んだ子たちではなかった。

 十字路を左に曲がると駅前の商店街に続く道に繋がっている。朝だけは、遠回りをしないで真っすぐな道を進む。


 信号が変わりそうで、私はスピードを出そうと、立ちこぎをしようとした。グッとペダルを踏んだ瞬間、右側からオノくんの姿があらわれて、慌ててブレーキをかけた。

 チラッと私を見たオノくんは、すぐに視線をそらして信号が変わる直前に向こう側へと渡った。

 私は渡るのをあきらめ、左に曲がって遠回りで駅へ向かうことにした。


 結局、あの日以来、オノくんとは口をきいていない。多分、この先もずっと、二度と話しをすることはないと思う。

 幼稚園から四年生くらいまでは、良く話しもしたし、一緒に遊んだのに。


(もう友だちでもないんだし、関係ないか……)


 胸の奥がチクリと痛む。

 今では本当に好きだったのかどうかもあやしく思える。あのころのことは私の中では、すべてが重くて心の奥底に沈めておきたい思い出でしかなかった。


 あの喫茶店の前を通り過ぎる。

 まだ朝も早いせいで、ガラス窓の向こうは真っ暗だ。ランプの明かりだけが、ほのかに灯っている。


(まさか消し忘れ? それとも一日中、ついてるのかな?)


 ランプをチラチラと振り返っている間に、いつも乗る電車が私を追い越していった。

 どうせ、あの電車に乗るつもりはない。のんびりとこぎ、いつもの自転車置き場でわずかな隙間に自分の自転車を押しこむと、駅の改札をくぐった。


 私の通う学校は敷地がやたらと広く、商業や服飾、デザインや美術など、いろんな学科がある高校だった。

 似たような大きな高校はもう一校あって、機械に電気、建築と、その他に同じようにデザインがある。けれどそっちは名ばかりの共学で、ほとんどが男子生徒だ。


 規模が二校より小さめになるけれど、音楽に力を入れている学校もある。

 みんな将来、なにになりたいか夢を抱いていたり、家の仕事を継ぐためだったり、目標を持って入ってきている子ばかり。

 私のように、特になにもない子もそこそこの人数がいるけれど、やる気を見せつけられて萎えることのほうが多かった。


「オーちゃんは漫画家になりたいんだっけ?」


 私は振り分け班の一人、オーちゃんに聞いてみた。


「うん、でもこの学校ってデザインと美術はあるけど、ちょっと違う気がして……」

「美術は絵を描く基本を習うから、後で役に立ちそうだけど」

「うん……本当に絵を描く基本はね……基本をおろそかにするつもりはないんだけど」


 うつむいているオーちゃんは、真面目な表情で手にした美術の教科書を握り、本当に真剣に悩んでいるように見える。


「コイちゃんは? 将来のこととか考えてる?」


 もう一人のカナちゃんに聞かれ、う~んと唸ってしまう。私はこれがしたい、堂々とそう言えるような夢がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る