第6話 友情というもの
「やっだー! ホントにいるんだぁ、そんな子たち」
「……へっ?」
気がつくと、いつの間にか隣にあの女の子が座っていた。
大きな平皿に、鮮やかな赤色のソースが絡んだパスタがこんもり盛られている。バジルとトマトのいい香りがして、キュルッとおなかが鳴ってしまった。
クスリと女の子が笑って、私は恥ずかしさでうつむいた。
「もうお昼だからさ、おなかが空くじゃない?」
「そ、そうですね」
「で、マスターにパスタを頼んだらコレよ、コレ。私一人でこんなにたくさん、食べられますか? ってゆーの」
女の子は、平皿の端をフォークでカンカンとたたいた。そのしぐさが妙におかしくて、口もとが緩む。
「あのさぁ……初対面で悪いんだけど、半分食べてくれないかなぁ?」
「私が?」
「駄目かなぁ? あっ、もしかして家でご飯が待ってる?」
「それは多分、大丈夫だけど、でも……」
こんな時、続く言葉は決まってる。
イイでしょ? だって友だちじゃない?
ってね。でも、考えてみたら私は……。
「別に私たち友だちじゃないし、キモイって思ったら断ってくれて構わないよ? っていってもさ、ホントにキモイとか思われたら、ちょっとショックだけど」
と言って女の子は口をすぼめた。
考えていることを見透かされたように『友だち』の言葉が出て戸惑う。どう答えようか迷っていると、またおなかが鳴った。
それに女の子のこの口調、なんだか面白くて不思議と嫌な感じはしない。
「キモイとか思わないし……でも半分は多いから食べきれない分だけわけてもらおうかな?」
「ホント? ありがとう。私こういうの、残せないんだよね」
「おいしそうだし、残って捨てちゃうのはもったいないよね」
ちょっと図々しい気もするけれど、本当に食欲がそそられる香りで、つい女の子の話しに乗ってしまった。
「本当ならね、マスターが半分食べるべきなのよね。でも今日は、もうご飯済ませたなんて言っちゃってさ」
女の子はプリプリ怒りながら、平皿を一枚、持ちだしてくると、パスタを取り分けてくれた。
時々、外を横切る影にドキリとしながら、ただ黙って食べた。トマトの酸味がしつこくなく、とてもおいしく感じる。
見ず知らずの子と二人で並んでパスタを食べる。変な光景……。
(外から見たら、友だち同士がランチに来ているように見えるのかも)
どうしてみんな、そう言うくくりでまとめようとするんだろう。
ただの仲良し、どうしてそれじゃ駄目なんだろう。
「女の子同士の友情ってさぁ……難しいよね。変……て言うとちょっと誤解があるかもだけど」
不意にそういわれて私は女の子の横顔をジッと見つめた。女の子は長い髪を耳に掛けながらパスタを食べている。
さっきも……。
昔のことが頭をよぎったときに、私はなにか話したのだろうか?
その辺の記憶が、ついさっきなのに曖昧だ。
「グループで固まると怖いもの知らず、っていうの? 嫌だなって思うこととか平気でしてくる子もいるしね」
「……うん」
「ま、みんながみんな、そうじゃないけどさ」
「ん……それもわかる」
私はそっけなく答えると残ったパスタを一気にほおばった。
友だちだと思われるのも嫌だったし、友だちになりましょう、とかいわれるのもちょっと……。
女の子がまだ食べ終わらない内に、私は奇麗に平らげて、席を立った。
「あの、ごちそうさま……お勘定、ワリカンでいいのかな?」
「えーっ、なに言ってるの、そんなのいいに決まってるじゃん。お願いしたのは私なんだし」
「でも……」
「それに、まかないだし、ね」
女の子は肩をすくめてみせてから、マスターお勘定だって、と反対側のカウンターに向かって声を上げた。
「ありがとう。ホントにごちそうさま」
「いいのいいの、それじゃあね、バイバイ」
二回だけ手を振った女の子は、背を向けてまた食べ始めた。
私はお勘定を済ませ、外に出る。
夏の日差しに目を細め、店の脇にあるランプの前に立ち、大きなガラス窓に目を向けた。
女の子は食べていた手を止めて私を見ると、またニッコリ笑って手を振った。
帰るとき、もしかしたら『またね』とか『また来てね』とか言われるんじゃないかと思っていた。
それなのにあっさりと『バイバイ』と言われてしまって、肩すかしをくらった気分。
でもなんだか、肩の荷がおりたような、そんな気持ちにもなった。
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